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「太平記」三角入道謀反事(その1)

ここに石見いはみの国の住人ぢゆうにん三角みすみ入道にふだう兵衛ひやうゑすけ直冬ただふゆの随下知、国中こくぢゆうを打ちしたがへ、庄園をかすりやうし、逆威ぎやくゐしいままにすと聞こへければ、事のおほいに成らぬ前に退治たいぢすべしとて、越前ゑちぜんかみ師泰もろやす六月二十日都を立つて、路次ろしの軍勢を率し石見の国へ発向はつかうす。七月二十七日にじふしちにちの暮れほどに江河がうのかはへ打ち臨み、遥かに敵陣を見渡せば、これぞ聞こゆる佐和さわの善四郎が立て篭もりたる城よと思えて、青杉あをすぎ・丸屋・鼓崎つづみがさきとて、あひだ四五町しごちやうを隔てたる城つ、三壷さんこの如くそばだつて麓に大河流れたり。城より下り向かふたる敵三百余騎、河より向かひに控へてここを渡せやとぞ招きたる。




ここに石見国の住人、三角入道(三隅兼連かねつら)は、兵衛佐直冬(足利直冬。足利尊氏の子)の下知に従い、国中を打ち従え、庄園を掠め取り、逆威([道理に反する威力。暴威])を欲しいままにしていると聞こえたので、事が大事にならぬ前に退治すべきと、越前守師泰(高師泰)は六月二十日に都を立って、道中の軍勢を率し石見国に発向しました。七月二十七日の暮れほどに江河(江の川)に打ち臨み、遥かに敵陣を見渡せば、これぞ名に聞く佐和善四郎が立て籠もる城と思えて、青杉(現島根県邑智おおち郡美郷町)・丸屋(現島根県邑智郡美郷町)・鼓ケ崎(現島根県邑智郡美郷町)といって、間四五町を隔てた城三つが、まるで三鈷([金属製できねの形をし、両端が三つに分かれているもの])のようにそびえて麓には大河が流れていました。城より下り向かった敵三百余騎が、川向かいに控えてここを渡せと手招きしました。


続く


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by santalab | 2016-01-24 08:00 | 太平記 | Comments(0)

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