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「太平記」三角入道謀反事(その5)

八月二十五日のよひの間に、えい声を出だして、先立つ人を待ち調そろへさせどうの火を見せて、下がる勢を進ませて、城の後ろなる自深山匐々はふはふ忍び寄りて、すすき苅萱かるかや篠竹しのだけなんどを切つて、よろひ札頭さねがしら・兜の鉢付けの板にひしと差して、探竿影草たんかんえいさうに身を隠し、つづみが崎の切り岸の下、岩尾いはほの陰にぞ臥したりける。枯る掻きたる臥猪ふすゐ、朽ち木のうつぼなる荒熊あらくまども、人影に驚きて、城の前なる篠原を、二三十連れてぞ落ちたりける。城中じやうちゆうつはものども始めは夜討ちの入るよと心得て、櫓々やぐらやぐらに兵ども弦音つるおとして、抛続松なげだいまつ屏より外へ投げ出し投げ出し、しづまりかへつて見えけるが、「夜討ちにてはなくて後ろの山より熊の落ちてとほりけるぞ、止めよ殿ばら」と呼ばはりければ、我先に射て取らんと、弓押し張りうつぼ掻つ付け掻つ付け、三百余騎の兵ども、落ち行く熊の迹を追うて、遥かなる麓へ下がりければ、城に残る兵わづかに五十ごじふ余人に成りにけり。




八月二十五日の宵の間に、えい声([力を入れる必要がある場合に出す「えいえい」という掛け声])を出して、先立つ人を待ち揃え筒火を見せて、後ろの勢を進ませて、城の後ろの自深山に這い登り忍び寄ると、薄・苅萱・篠竹などを切って、鎧の札頭([鎧の札の上部])・兜の鉢付けの板([兜の鉢に取り付けるしころの一枚目の板])に隙間なく差して、探竿影草([猟師が草の下に魚がいるかいないのか棒で探ること])に身を隠し、鼓ケ崎城の切り岸([絶壁。断崖])の下、岩尾の陰に身を隠しました。枯れ草に隠れていた臥猪、朽ち木のうつほ([空洞])の荒熊どもは、人影に驚いて、城の前の篠原を、二三十連れてぞ落ちて行きました。城中の兵どもははじめは夜討ちが入ると思い、櫓々で兵どもは弦音を鳴らして、投げ松明を塀から外に投げて、鳴りを潜めていましたが、「夜討ちではなく後ろの山から熊が落ちて通るぞ、止めよ殿たち」と叫んだので、我先に射止めようと、弓を押し張り靭([矢を入れる器具])を付けると、三百余騎の兵どもが、落ち行く熊の跡を追って、遥か麓へ下りて行ったので、城に残る兵はわずか五十余人となりました。


続く


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by santalab | 2016-01-24 08:57 | 太平記 | Comments(0)

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