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「太平記」右兵衛佐直冬鎮西没落事(その2)

このすけ殿は武将の嫡家にて、中国の探題に被下て人皆従ひ靡き奉り、富貴ふつき栄耀えいえうの門を開き、置酒高会かうくわいの席をべ、楽しみ未だ半ばならざりしに、夢の間に引き替へて、心筑紫に落塩おちじほの鳴戸を差して行く舟は、片帆へんぱんは雲にさかのぼり、烟水えんすゐまなこ范々ばうばうたり。万里漂泊へうはくの愁へ、一葉いちえふ扁舟へんしうの浮き思ひ、浪馴衣なみなれごろも袖朽ちて、涙忘るる許りなり。一年ひととせ尊氏たかうぢきやう、京都の軍に利なくして九州へ落ち給ひたりしが、無幾程帰洛の喜びに成り給ひし事遠からぬ佳例かれいなりと、人々上には勇めども、行末も如何がしらぬひの、筑紫に赴く旅なれば、無為方ぞ見へたりける。九月十三夜、名に月明げつめいにして、旅泊の思ひも切なりければ、直冬ただふゆ

梓弓あづさゆみ 我こそあらめ 引き連れて 人にさへうき 月を見せつる

と詠じ給へば、袖を濡さぬ人はなし。




佐殿(足利直義ただよしの養子、足利直冬。実父は足利尊氏)は武将の嫡家でしたので、中国探題として下ると人は皆従い、富貴栄耀([栄えて贅沢な暮らしをすること])の門を開き、置酒高会([盛大に酒宴を催すこと])の席を並べて、楽しみはまだ半ばにもなりませんでしたが、夢の間に打って変わって、筑紫に落ち行く悲しみに暮れながら鳴戸を指して行く舟は、雲に逆らって片帆([帆を半分ほどに上げ、横風を受けて走ること])で進みました、烟水([水蒸気のたちこめた水面])がどこまでも眼の前に広がっていました、万里漂泊の悲しみは、一葉扁舟(小舟が木の葉のように浮き沈みする様)のように思えて、浪に萎れた衣の袖は朽ちて、涙に濡れていることさえ忘れるほどでした。一年父である尊氏卿(足利尊氏)が、京都の軍に打ち負けて九州に落ちましたが、ほどなくして帰洛したのも佳例([吉例])であると、人々は表面は健気に振る舞っていましたが、行く末も知れぬ、筑紫に赴く旅でしたので、なすべくもないように思えました。九月十三夜の、名月を見て、旅泊の悲しみは切実でした、直冬は、

我はともかく、人を引き連れて悲しい月を見せるわたしこそ、沈み行く梓弓([引くに係る])の月のようではないか。

と詠めば、袖を濡らさぬ人はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-01-24 11:26 | 太平記 | Comments(0)

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