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「太平記」直義朝臣隠遁の事付玄慧法印末期の事(その2)

時遷り事去りて、人物古きにあらざる事を感じ、蘿窓草屋らさうさうをくの底に座来ざらいして、経巻を投げ打たるる隙もなかりけり。時しもあれや秋暮れて、時雨がちなる冬けぬ。さびしさ増さる御簾みすの外には、香爐峰かうろほうの雪もうらやましく、身のいにしへあだし世の、夢かとぞ思ふ思ひきや、雪踏み分けし小野をのの山、今更思ひ知られつつ、問ふ人もがなと思へども、世の聞き耳を憚つて事問ふ人もなかりしに、独清軒玄慧どくせいけんげんゑ法印、師直もろなほが許しを得て、時々参りつつ、異国本朝の物語どもして慰め奉りけるが、老病に被犯て不参得と申しければ、薬を一包み送り給ふとて、その包み紙に、

ながらへて 問へとぞ思ふ 君ならで 今は伴ふ 人もなき世に

とありしかば、法印これを見て泣々、
感君一日恩
招我百年魂
扶病坐床下
披書拭泪痕

と一首の小詩に九回きうくわいの思ひを尽くして奉る。その後無程法印身罷りにけり。慧源禅巷ゑげんぜんかう哀れに思つて、みづからこの詩の奥に紙を継いで、六兪般若りくゆはんにや真文しんもんを写して、かの追善つゐぜんにぞ被擬ける。




時は移り時代は去り、いつまでも世にある訳もないと感じて、蘿窓([中国宋代の画僧])は草屋([草ぶきの粗末な家])の底に座来([いながらにして思いを廻らせること])して、経巻を手放す隙もありませんでした。時はちょうど秋は終わり、時雨がちな冬が深まり、さびしさ増さる御簾の外には、香爐峰([中国江西省北端にある廬山ろざんの一峰])の雪もうらやましく、かつての我が身は徒し世([無常の世])の、夢かと思っては、雪踏み分けた小野山(現京都市山科区小野?)を、今さら思い出しては現と思い知らされて、誰か訪ねる人はいないかと思いながらも、世の評判に憚って訪ねる人もありませんでしたが、独清軒玄慧法印が、師直(高師直)の許しを得て、時々参るようになって、異国本朝([中国と日本])の物語などをして慰めていました、老病に冒されて参ることができませんと申したので、薬を一包み送って、包み紙に、

命永らえて、話相手はあなた以外におりません。今ではただ独りここで暮らしておりますれば。

と書いてありました、法印はこれを見て泣く泣く、
あなたがわたしに感じる一日の恩を、
わたしは百年忘れません。
わたしは病いに冒されて、
涙を拭いながらこれを書いています。

と一首の小詩に九回([九回の腸]=[深い悲しみ])の思いを尽くして贈りました。その後ほどなくして玄慧法印は亡くなりました。慧源禅巷(慧源は、足利直義ただよしの法名)は哀れに思って、自らこの詩の奥に紙を継いで、六兪般若の真文([梵字で書かれた経文])を書き写して、玄慧法印の追善供養に参らせました。


続く


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by santalab | 2016-01-24 14:06 | 太平記 | Comments(0)

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