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「太平記」上杉畠山流罪死刑の事(その1)

さるほどに上杉伊豆いづかみ重能しげよし・畠山大蔵おほくら少輔せう直宗ただむねをば、所領を没収もつしゆし、宿所を破却はきやくしてともに越前国へ流し遣はされけり。この人々さりとも死罪に被行までの事はよもあらじと頼まれけるにや、しばしの別れを悲しみて、女房をさなき人々まで皆伴うて下り給へども、馴れぬ旅寝のとこの露、き臥し袖をや濡らすらん。日来よりもてあそびし事なれば、旅の思ひを慰めんと一面の琵琶をむまの鞍に懸け、旅館の月にだんじ給へば、王昭君わうぜうくん胡角こかく一声霜後さうごの夢、漢宮万里月まへはらわたと、胡国の旅を悲しみしもかくやと思ひ知られたり。嵐の風に関越へて、紅葉をぬさと、手向たむけ山、暮れ行く秋の別れまで、身に知られたる哀れにて、遁れぬ罪を身の上に、今は大津の東の浦、浜の真砂まさごの数よりも、思へば多き歎きかな。絶えぬ思ひを志賀の浦、渚に寄する楽浪さざなみの、返るを見るもうらやましく、七座の神を伏し拝み、身の行末を祈りても、都にまたもかへるべき、事は堅田かただに引く網の、目にもたまらぬ我がなみだ今津いまづ甲斐津かひづを過ぎ行けば、湖水の霧にそばたちて、波間に見へたる小島あり。これなんめり、都良香とりやうきやういにしへ、三千世界は目の前に尽きぬと詠ぜしかば、十二因縁いんえんは心のうちに空しと云ふしもの句を、弁才天の継ぎ給ひし竹生島ちくぶしまよと臨み見て、しばらく法施ほつせを奉る。




やがて上杉伊豆守重能(上杉重能)・畠山大蔵少輔直宗(畠山直宗)の、所領を没収し、宿所を壊してともに越前国に流しました。この者たちはさすがに死罪にはならないと思い、しばしの別れを悲しんで、女房幼い子まで皆伴って下りましたが、馴れぬ旅寝の床の露は、起き臥しに袖を濡らしました。日来より愛でていたので、旅の悲しみを慰めようと一面の琵琶を馬の鞍に懸け、旅館の月を見て弾けば、王昭君(古代中国四大美人の一人)が「胡角一声霜後夢 漢宮万里月前腸」(胡人の角笛の音が聞こえて霜夜の夢から覚めるのです。漢宮は万里のかなた月を見て断腸の思いがするばかりです)と、胡国へ旅立った悲しみもこのようなものだったのかと思い知られるのでした。嵐の風に関(大原口?。京都七口の一)を越えて、紅葉を幣にと、手向山(「このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」。菅原道真)、暮れ行く秋の別れまでもが、身に染みて悲しく、遁れられぬ罪を身の上に、今は大津の東の浦(現滋賀県大津市)、浜の砂の数よりも、悲しみは多いものでした。絶えぬ思いを志賀浦(現滋賀県大津市)の、渚に寄せる楽浪(「楽浪の 滋賀の唐崎 さきくあれど 大宮人の 舟まちかねつ」。滋賀の唐崎=現滋賀県大津市。さざなみはおだやかにして、大宮人=宮中に仕える人。が舟を待つ姿が見えるようだ。柿本人麻呂)が、返る(帰る)を見るのさえうらやましくて、七座の神(現滋賀県大津市にある日吉大社)を伏し拝み、身の行末を祈りながらも、都に再び帰るとも思えませんでした、事は堅田(現滋賀県大津市堅田)に引く網のように、目から涙があふれました、今津(現滋賀県高島郡今津町)・甲斐津(現滋賀県高島郡マキノ町)を過ぎ行けば、湖水の霧にそばだちて、波間に見える小島がありました。これこそ、都良香(都良香よしか。平安時代前期の官人・文人)がその昔、三千世界は目の前に尽きぬ(「三千世界は眼前に尽き」)と詠めば、十二因縁([仏語。人間が過去・現在・未来の三界を流転する輪廻のようすを説明した十二の因果関係])は心の中にあって空である(「十二因縁は心裏に空し」)という下の句を、弁才天(都久夫須麻つくぶすま神社=竹生島神社。の祭神。もとは竹生島神社と一つであった宝厳寺は観音霊場とともに弁才天信仰の聖地)が継いだという竹生島(現滋賀県長浜市)を臨み、しばらく法施([人に仏法を説いて聞かせること])するのでした。


続く


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by santalab | 2016-01-24 14:16 | 太平記 | Comments(0)

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