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「太平記」上杉畠山流罪死刑の事(その3)

当国の守護代、八木の光勝みつかつこれを受け取りて、浅ましげなる柴の庵の、しばしもいかが住まれんと、見るだに物憂き住居なるに、警固を据へてぞ置れたりける。痛はしきかな都にてはさしも気高かりし薄桧皮うすひはだの屋形の、三葉四葉みつばよつばに造り並べて奇麗なるに、車馬門前に群集くんじゆ賓客ひんかく堂上だうじやうに充満して、声華やかにこそ住み給ひしに、今は引き替へたるひな長途ちやうぢに、休らふだにも悲しきに、竹の編戸あみど松の垣、時雨しぐれも風もたまらねば、袂のかはく隙もなし。さればいかなる宿業しゆくごふにてか斯かる憂き目に逢ふらんと、我ながら恨めしくて、あるも甲斐なき命なりけるを、なほも師直もろなほ不足にや思ひけん、後のわざはひをも不顧、ひそかに討手を差し下し、守護代八木の光勝みつかつに云ひ合はせ、上杉・畠山を可討とぞ下知しける。




当国(越前国)の守護代、八木光勝は上杉重能しげよし)・畠山(畠山直宗ただむねを受け取ると、怪しい柴の庵([粗末な家])で、しばらくも住めそうにも思えず、見ただけでつらそうに思える住まいに、警固の者を置いて二人を置きました。痛わしいことでした都では上品な薄桧皮の屋根を三つ四つ造り並べた見事な殿に、車馬が門前に群がり賓客([大事な客])が堂上に充満して、声も華やかに住んでいましたが、今はすっかり様変わりして都から遠く離れた鄙に、休らうだけでも悲しいものでしたが、竹の編み戸松の垣は、時雨も風も防ぐことなく、袂が乾く隙もありませんでした。いったいどのような宿業でこのような悲しい目に遭うのかと、我ながら恨めしくて、ある甲斐もない命でしたが、なおも師直(高師直)は気がすまなかったのか、後の禍いも顧みることなく、密かに討手を下して、守護代八木光勝とともに、上杉(重能)・畠山(直宗)を討つようにと命じました。


続く


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by santalab | 2016-01-24 15:42 | 太平記 | Comments(0)

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