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「太平記」一宮並妙法院二品親王の御事(その1)

三月八日一の宮中務なかつかさきやう親王しんわうをば、佐々木の大夫判官たいふはんぐわん時信ときのぶ路次ろしの御警固にて、土佐のはたへ流し奉る。今まではたとひ秋刑しうけいもとに死して、竜門原上りようもんげんじやうの苔にうづまるとも、都のあたりにて、ともかくもせめて成らばやと、仰天伏地御祈念ありけれども、昨日きのふすでに先帝をも流し奉りぬと、警固の武士どもまうし合ひけるを聞こし召して、御祈念の御頼みもなく、いと心細く思し召しけるところに、武士もののふども数多あまた参りて、中門に御輿を差し寄せたれば、抑へかねたる御なみだうちに、

堰き止むる しがらみぞなき 泪河なみだがは いかに流るる 浮身なるらん




三月八日一の宮中務卿親王(尊良たかよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)を、佐々木大夫判官時信(佐々木時信)を道中の警固に付けて、土佐の畑(幡多。現高知県幡多郡)に流しました。今まではたとえ秋刑([刑罰])を受け死罪となり、屍を竜門原上(河南省洛陽の南にある野原の上)で苔に埋めるとも、都近くで、いかにもなりたいと、天を仰ぎ地に伏し祈念していましたが、昨日すでに先帝(第九十六代後醍醐天皇)が流されたと、警固の武士どもが話すのを聞かれて、祈念の甲斐もなく、たいそう心細く思われているところに、警固の武士どもが数多く参って、中門に御輿を差し寄せたので、抑えることのできない涙のうちに、

堰き止める柵もない涙よ。この涙川のようにどこまで流される我が身であろうか。


続く


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by santalab | 2016-01-26 08:09 | 太平記 | Comments(0)

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