Santa Lab's Blog


「太平記」一宮並妙法院二品親王の御事(その5)

先皇せんくわうをば任承久例に、隠岐の国へ流し可進に定まりけり。臣として君をないがしろにし奉る事、関東くわんとうもさすが恐れありとや思ひけん、このために後伏見のゐんの第一の御子みこを御くらゐに即け奉りて、先帝御遷幸せんかうの宣旨を可被成とぞ計らひまうしける。於天下事に、今は重祚ちようその御望み可有にも非ざれば、遷幸以前に先帝せんたいをば法皇ほふわうに可奉成とて、香染かうぞめの御衣を武家より調進てうしんしたりけれども、御法体ほつたいの御事は、暫くあるまじき由を被仰て、袞竜こんりよう御衣ぎよいをも脱がせ給はず。毎朝まいてうの御行水ぎやうずゐを召され、仮の皇居くわうきよを清めて、石灰せきくわいの壇になぞらへて、太神宮たいじんぐうの御拝ありければ、天に二つの日なけれども、国に二人のわうおはします心地して、武家も持ち扱ひてぞ思へける。これも叡慮に頼み思し召す事ありけるゆゑなり。




先皇(第九十六代後醍醐院)は承久の例(第八十二代後鳥羽院)に任せて、隠岐国へ流すことに定まりました。臣として君をないがしろにすることを、関東もさすがに畏れ多いことと思ったのでしょうか、このために後伏見院(第九十三代天皇)の第一皇子を帝位に即けて(北朝初代光厳くわうごん天皇)、先帝遷幸の宣旨を下すよう計らい申したのでした。天下は、今は(後醍醐院の)重祚は望むべくもなかったので、遷幸以前に先帝を法皇にしようと、香染め([黄色味を帯びた薄茶色])の衣を武家より調進([注文に応じ、品物をととのえて差し上げること])しましたが、法体には、しばらくならないと申されて、袞竜の御衣([天皇が着用した中国風の礼服上])を脱がれることはありませんでした。毎朝行水され、仮の皇居を清めて、石灰いしばひの壇([清涼殿の東庇ひがしびさしの南端にあり、土を盛り上げ、石灰で塗り固めて板敷きと同じ高さにしてあった壇。天皇が毎朝、伊勢神宮と内侍所を拝した所])と同じように、太神宮を拝しました、天に二つの日はありませんが、国に二人の王がおられるような気がして、武家も天皇のように思っていました。これも叡慮([天子の考え])に頼み思われることがあったからでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-01-26 08:36 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」俊明極参内の事(その1)      「太平記」一宮並妙法院二品親王... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧