Santa Lab's Blog


「太平記」中宮御歎の事

三月七日、すでに先帝隠岐の国へ被遷させ給ふと聞こへければ、中宮夜に紛れて、六波羅の御所へ行啓ぎやうけい成らせ給ひ、中門に御車を差し寄せたれば、主上出御しゆつぎよありて、御車のすだれを掲げらる。君は中宮を都に留め置き奉りて、旅泊りよはくの波長汀ちやうていの月に彷徨さすらひ給はんずる行くすゑの事を思し召し連ね、中宮はまた主上を遥々と遠外ゑんぐわいに思ひ遣り奉りて、何の頼みのある世ともなく、明けぬ長夜ちやうやの心迷ひの心地し、長き物思ひにならんと、ともに語り尽くさせ給はば、秋の夜の千夜を一夜になぞらふとも、なほことば残りて明けぬべければ、御心の内の憂きほどはその言の葉も及ばねば、中々云ひ出ださせ給ふ一節もなし。ただ御なみだにのみ掻き暮れて、つれなく見へし有明も、かたぶくまでに成りにけり。夜すでに明けなんとしければ、中宮御車を廻らして還御くわんぎよ成りけるが、御泪のうちに、

このうへの 思ひはあらじ つれなさの 命よされば いつを限りぞ

とばかり聞こへて、臥ししづませ給ひながら、かへる車の別れ路に、廻り逢ふ世の頼みなき、御心の内こそ悲しけれ。




三月七日に、先帝(第九十六代後醍醐天皇)が隠岐国遷させると聞こえたので、中宮(西園寺禧子きし)は夜に紛れて、六波羅の御所へ行啓なられて、中門に車を差し寄せると、主上(後醍醐天皇)は出御されて、車の簾を上げられました。君(後醍醐天皇)は中宮を都に留め置いて、旅泊の波長汀([長く続く波打ち際])の月にさすらい行く後のことを心配されて、中宮はまた主上が遥々遠外に遷されることを悲しんで、何の頼みがある世ともなく、明けぬ長夜に心迷いする気がして、長く悲しむことかと、ともに語り尽くすにせよ、秋の夜の千夜を一夜にこめても、なお言葉が残り夜は明けて、心の内の悲しみは言葉にも表せくて、言い出すことはありませんでした。ただ涙に掻き暮れて、つれなく見える有明の月も、傾くまでになりました。夜はすでに明けようとしていたので、中宮は車を返して還御されましたが、涙の中に、

この別れほど悲しいものはありません。離れ離れの悲しみに、この命をいつまで永らえることができましょう。

とだけ、伝えて、臥し沈みながら、帰る車の別れ路に、もう一度逢えるとも思えなくて、悲しくて仕方ありませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-01-26 12:57 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」先帝遷幸の事(その1)      「太平記」俊明極参内の事(その2) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧