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「太平記」塩田父子自害の事(その1)

ここに不思議なりしは、塩田陸奥の入道道祐だういうが子息民部の大輔たい俊時としとき、親の自害を勧めんと、腹掻き切つて目のまへに臥したりけるを見給ひて、幾程ならぬ今生こんじやうの別れに目暮れ心迷ひて落つるなみだも不留、先立ちぬる子息の菩提をも祈り、我が逆修ぎやくしゆにも備へんとや被思けん、子息の屍骸しがいに向かつて、年来誦み給ひける持経ぢきやうひぼを解き、要文えうもん所々打ち上げ、心しづかに読誦し給ひけり。被討漏たる郎等らうどうども、主とともに自害せんとて、二百余人並居なみゐたりけるを、三方さんぱうへ差し遣はし、「この御経誦み果つるほど防ぎ矢射よ」と下知げぢせられけり。その中に狩野かのの五郎重光しげみつばかりは年来の者なる上、近々召し仕はれければ、「我腹切つて後、屋形に火懸けて、敵に首捕らすな」と云ひ含め、一人被留置けるが、法華経ほけきやうすでに五の巻の提婆品だいばほん果てんとしける時、狩野の五郎門前に走り出でて四方しはうを見る真似をして、「防ぎ矢仕まつる者ども早や皆討たれて、敵攻め近付き候ふ。早や早や御自害候へ」と勧めければ、入道、「さらば」とて、きやうをば左の手に握り、右の手に刀を抜いて腹十文字じふもんじに掻き切つて、父子同じ枕にぞ臥し給ひける。




ここに不思議な出来事がありました、塩田陸奥入道道祐(北条国時くにとき)の子息民部大輔俊時(北条俊時)が、親に自害を勧めようと、腹を掻き切って目の前に臥したのを見て、わずかの今生の別れに目は暮れ心は惑い落ちる涙も止めることなく、先立った子息(俊時)の菩提([死後の 冥福])を祈り、我が逆修([生前に、自分の死後の冥福のために仏事をすること])にもなそうと思ったか、子息の屍骸に向かって、年来読んでいた持経の紐を解き、要文([経論などの中の重要な文句])の所々声を上げ、心静かに読誦しました。討ち漏れた郎等([家来])どもは、主とともに自害しようと、二百余人が集まっていましたが、三方に差し遣わし、「この経を読み終えるまで防ぎ矢を射よ」と命じました。その中に狩野五郎重光(狩野重光)ばかりは年来、近く召し使っている者でしたが、「わしが腹を切った後に、屋形に火を懸けて、敵に首を捕らすでないぞ」と言い含め、一人留め置いて、法華経をすでに五巻(法華経は八巻)の提婆品を読み終えようとした時、狩野五郎(重光)は門前に走り出て四方を見る真似をして、「防ぎ矢を射る者どもはすでに皆討たれて、敵が攻め近付いております。早く自害なされますよう」と勧めたので、入道(国時)は、「ならば」と、経を左手に握り、右手で刀を抜いて腹を十文字に掻き切って、父子が同じ枕に臥しました。


続く


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by santalab | 2016-01-27 08:27 | 太平記 | Comments(0)

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