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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その4)

その時越王ゑつわうおほきに怒つてのたまひけるは、「礼記らいきに、父のあたにはともに不戴天いへり、我すでに及壮年まで呉を不亡、ともに戴日月光事人のはづかしむるところにあらずや。これを以つてつはものを集むるところに、汝つの不可を挙げて我を留むる事、その義一つも道に不協。先づ兵の多少たせうを数へて可致戦ば、越はまことに呉に難対。しかれどもいくさの勝負必ずしも不依勢多少、ただ依時運。または依将謀。されば呉と越と戦ふ事及度々雌雄かたみはれり。これなんぢが皆知るところなり。今さらなんぞ越の小勢を以つて戦呉大敵事不協我を可諌や。汝が武略の不足ところのその一つなり。次に以時いくさの勝負を計らば天下の人皆時を知れり。誰か軍に不勝。もし春夏はやうの時にて罰を不行と云はば、いん湯王たうわうけつを討ちしも春なり。しうの武王のちうを討ちしも春なり。されば、『天の時は不如地利に、地の利は不如人和に』といへり。しかるに汝今可行征罰時にあらずと我を諌むる、これ汝が知慮の浅きところの二つなり。次に呉国に伍子胥ごししよがあらんほどは、呉を亡ぼす事不可叶と云はば、我遂に父祖の敵を討つて恨みを泉下に報ぜん事あるべからず。ただいたづらに伍子胥が死せん事を待たば死生命または老少らうせう前後す。伍子胥と我といづれをか先と知る。この理を不弁我征罰を可止や。これ汝が愚のつなり。そもそも我多日に及んでつはものを召す事呉国へも定めて聞こへぬらん。事遅怠してかへつて呉王に被寄なば悔ゆとも不可有益。『先則さきんずるときは制人後則おくるるときは被人制』といへり。事すでに決せりしばらくも不可止」とて、越王ゑつわう十一年二月上旬に、勾践こうせんみづから十万余騎の兵を卒して呉国へぞ被寄ける。




これを聞いて越王(勾践)はたいそう怒って申すには、「礼記(『礼記』は中国の経書。およそ前漢に編纂されたもので、当然ながら春秋時代にはなかったはず)に、父の仇と同じ天の下にあらずと書いてあるではないか、わたしは壮年に及ぶまで呉を亡ぼすことができなかった、ともに日月の光を同じくし辱しめを受けておるのだぞ、お主が三つの理由を挙げてわたしを止めることに、まったく同意できない。まず兵の多少で戦いが決するならば、越は呉に歯が立たない。けれども戦の勝負は必ずしも勢の多少によるものではなく、ただ時の運によるものだ。または武将の戦術によるものだ。ならば呉と越とは戦うこと度々に雌雄を互いに分け合っておる。お主も知るところぞ。今さらどうして越の小勢をもって呉の大敵と戦うことを諌めるのだ。お主の謀略が足りないのでないのか。次に時で戦の勝負が決まるのならば天下の者は誰しも時を待とう。戦に勝てない者などいなくなるぞ。もし春夏が陽の時で罰を行わずというのであれば、殷の湯王(商朝の創始者)が桀(夏の最後の帝)を討ったのも春だぞ。周の武王(周朝の創始者)が紂(殷の第三十代帝)を討ったのも春ではないか。ならば、『天が与える時は地の利には及ばず、地の利は人の心には及ばない』というのではないか。けれどもお主は征伐を行う時ではないとわたしを諌める、お主の知慮の浅はかさではないか。次に呉国に伍子胥がいる限り、呉を亡ぼすことができないというのなら、わたしは父祖の敵を討って恨みを泉下([死後の世界])に晴らすことはできない。ただ無駄に伍子胥が死ぬのを待つうちに命というものは老少に関わりのないことであればわたしが先に死ぬやもしれぬ。伍子胥とわたしのどちらが先か知りようもないことぞ。これを理由に征伐を止めろというのか。これがお主が愚かだという三つ目の理由ぞ。そもそもわたしが兵を集めていることは呉国にも知られていることだろう。出兵が遅れれば反対に呉王(夫差)が攻めて来るかもしれん悔いたところで仕方のないことぞ。『先んずれば人を制し人に遅れれば人に制される』というではないか。すでに決まったことだ止めるわけにはいかぬ」と申して、越王(勾践)は十一年二月上旬に、勾践自らが十万余騎の兵を引き連れて呉国を攻めました。


続く


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by santalab | 2016-01-27 23:28 | 太平記 | Comments(0)

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