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「太平記」塩田父子自害の事(その2)

重光しげみつは年来と云ひ、重恩ぢゆうおんと云ひ、当時遺言ゆゐごんかたがた難遁ければ、やがて腹をも切らんずらんと思ひたれば、さはなくて、主二人ににんよろひ・太刀・刀剥ぎ、家中の財宝ざいはう中間ちゆうげん・下部に取り持たせて、円覚寺ゑんがくじ蔵主寮ざうすれうにぞ隠れたりける。この重宝このちようはうどもにては、一期不足あらじと思えしに、天罰にや懸かりけん。舟田ふなだ入道これを聞き付けて押し寄せ、是非なく召し捕つて、つひに首を刎ねて、由井ゆゐの浜にぞ掛けられける。もつともかうこそありたけれとて、憎まぬ者もなかりけり。




重光(狩野重光)は年来の家来で、重恩の者でしたので、北条国時くにときの遺言に背くことはできるはずもなく、やがて腹を切るものと思われましたが、案に違って、主二人(北条国時とその嫡男俊時としとき)の鎧・太刀・刀を剥いで、家中の財宝を中間([武士の最下級])・下部([召使い])に持たせて、円覚寺(現神奈川県鎌倉市にある寺院)の蔵主寮に隠れました。この重宝があれば、一生困ることがないと思われましたが、天罰を受けたのでしょうか。舟田入道(船田義昌よしまさ。新田義貞の執事)がこれを聞きつけて押し寄せ、問答無用に召し捕ると、遂に首を刎ねて、由比ヶ浜(現神奈川県鎌倉市)に懸けました。はじめから自害していればよいものをと、憎まぬ者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-01-28 07:47 | 太平記 | Comments(0)

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