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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その6)

進んでさきなる敵に懸からんとすれば、敵は嶮岨けんそに支へて、やじりを揃へて待ち懸けたり。引つかへして後ろなる敵を払はんとすれば、敵は大勢にてゑつつはもの疲れたり。進退しんだいここにきはまつて敗亡はいばうすでにきはまれり。されども越王ゑつわう勾践こうせんは破堅摧利事、項王かうわういきほひを呑み、樊噲はんくわいが勇にも過ぎたりければ、大勢の中へ懸け入り、十文字じふもんじに懸け破り、の字に追ひ廻らす。一所に合うて三処に別れ、四方しはうを払うて八面に当たる。頃刻きやうこくに変化して雖百度戦、越王遂に打ち負けて、七万余騎討たれにけり。勾践こらへ兼ねて会稽山くわいけいざんに打ち上がり、越の兵を数ふるに討ち残されたる兵わづかに三万余騎なり。それも半ば手を負うてことごとく矢尽きて鉾先ほこさきれたり。勝負を呉越に窺うて、いまだいづ方へも不着つる隣国りんごくの諸侯、多く呉王の方に馳せくははりければ、呉の兵いよいよ重なつて三十万騎さんじふまんぎ、会稽山の四面しめんを囲む事如稲麻竹葦なり。越王帷幕ゐばくの内に入り、兵を集めてのたまひけるは、「我運命すでに尽きて今この囲みに逢へり。これ全く非戦咎、天亡我。しかれば我明日みやうにち士と共に敵の囲みて呉王の陣に懸け入り、かばねを軍門に晒し、恨みを再生さいしやうに可報」とて越の重器ちようきを積んで、悉く焼き捨てんとし給ふ。




進んで前の敵に当たろうとしましたが、敵は嶮岨に守られて、矢先を揃えて待ち構えていました。引き返して後ろの敵を追い払うにも、敵は大勢で越の兵は疲れていました。進退ここに窮まって敗亡はすでに決しました。けれども越王勾践は敵の固い守りを破り利を得るに、項王(秦末期の楚の武将)の勢いがあり、樊噲(漢高祖=劉邦。の功臣)の勇にも過ぎるほどでしたので、大勢の中に駆け入り、十文字に駆け破り、巴の字に追い散らしました。一所に合流しては三所に分かれ、四方を払って八面に当たりました。頃刻([しばらくの間])に雌雄は入れ替わりましたが百度戦ううちに、越王(勾践)は遂に打ち負けて、七万余騎が討たれました。勾践は防戦できずに会稽山に打ち上がり、越の兵を数えると討ち残った兵はわずか三万余騎でした。それも半分は疵を負って矢は尽きて鉾先は折れていました。呉越のどちらが勝つか窺って、まだどちらにも付いていなかった隣国の諸侯の、多くが呉王(夫差)に方に馳せ加わったので、呉の兵はますます増えて三十万騎となり、会稽山の四面を囲むこと稲麻竹葦([幾重にも取り囲んでいるようすをたとえていう語])のようでした。越王は帷幕([垂れ幕と引き幕])の内に入り、兵を集めて申すには、「我が運命すでに尽きて敵に囲まれた。これは戦いに負けたのではなく、天が我を亡ぼそうとしているからだ。ならば我は明日兵士とともに敵が囲む呉王(夫差)の陣に駆け入り、屍を軍門に晒し、恨みを再生([来世])に晴らそう」と申して越の重器([大切な宝物])を積んで、一つ残らず焼き捨てようとしました。


続く


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by santalab | 2016-01-28 08:22 | 太平記 | Comments(0)

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