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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その8)

越王ゑつわう理にれて、「『敗軍のしやうは再び不謀』と云へり。自今後の事はしかしながら大夫しように可任」とのたまひて、重器を被焼事を止め、太子の自害をも被止けり。大夫種すなはち君の命を請けて、兜を脱ぎ旗を巻いて、会稽山くわいけいざんより馳せ下り、「越王ゑつわういきほひ尽きて、呉の軍門に降る」と呼ばはりければ、呉の兵三十万騎さんじふまんぎ、勝ち鬨を作つて皆万歳ばんぜいを唱ふ。大夫種はすなはち呉の轅門ゑんもんに入つて、「君王の倍臣、ゑつ勾践こうせんの従者、小臣種慎んで呉のじやう将軍の下執事かしつじしよくす」と云つて、膝行頓首しつかうとんしゆして、太宰たいさいまへに平伏す。太宰ひ床の上に坐し、帷幕ゐばくを上げさせて大夫種に謁す。大夫種敢へて平視せず。低面流涙まうしけるは、「寡君くわくん勾践こうせんきはまり、勢ひ尽きて呉の兵に囲まれぬ。よつて今小臣種をして、越王長く呉王の臣と成り、一畝いつぽの民と成らん事を請はしむ。願はくは先日の罪を被赦今日こんにちの死を助け給へ。将軍もし勾践の死を救ひ給はば、越の国を献呉王成湯沐地、その重器を将軍に奉り、美人西施せいし洒掃せいさうせふたらしめ、一日の歓娯くわんごに可備。もしそれ請ふ、所望不叶遂に勾践を罪せんとならば、越の重器を焼き捨て、士卒の心を一つにして、呉王の堅陣けんぢんに懸け入り、軍門にかばねを可止。臣平生へいぜい将軍と交はりを結ぶ事膠漆かうしつよりも堅し。生前しやうぜん芳恩はうおんただこの事にあり。将軍早くこの事を呉王に奏して、臣が胸中の安否あんぴを存命のうちに知らしめ給へ」と一度ひとたびは怒り一度は歎き、ことばを尽くしてまうしければ、




越王(勾践)道理に折れて、「『敗軍の将は再び謀らず』と申す。今後のことは大夫種(文種)の申すに任せよう」と申して、重器を焼くことを止めて、太子の自害をも止めました。大夫種(文種)はたちまち君の命を受けて、兜を脱ぎ旗を巻いて、会稽山より馳せ下り、「越王(勾践)の勢いはすでに尽きた、呉の軍門に降るぞ」と叫びました、呉の兵三十万騎は、勝ち鬨を作って皆万歳を唱えました。大夫種はたちまち呉の轅門([軍営大門])に入ると、「君王の倍臣([家来])、越の勾践の従者、小臣種が慎んで呉の上将軍(喜否)の下執事に属す」と言って、膝行頓首([跪いて前に進み、 頭を地に付けて、お辞儀をすること])して、太宰否(喜否)の前に平伏しました。太宰否は床の上に座し、帷幕を上げさせて大夫種に謁見しました。大夫種はあえて平視せず頭を下げたままでした。頭を下げたまま涙ながらに申すには、「寡君([他国の人に対して自分の主君をへりくだっていう語])勾践は運極まり、勢いは尽きて呉の兵に囲まれました。よって今小臣種を使いとして、越王(勾践)は長く呉王(夫差)の下臣となり、一畝の民となることを伝えに参りました。願わくは先日の罪を赦されて今日の死をお助けくださいますよう。将軍がもし勾践の死を救われたなら、越国の湯沐の地をを呉王(夫差)に献上し、重器を将軍に奉り、美人西施に酌を取らせて、一日の歓娯をご用意いたしましょう。もしこの願い、所望叶わず勾践を罰するならば、越の重器を焼き捨て、士卒の心を一つにして、呉王の堅陣に駆け入り、軍門に屍を晒す覚悟です。臣(文種)は平生将軍と交わりを結びその縁は膠漆([きわめて親しく離れ難い関係のたとえ])よりも固いものです。生前の芳恩を致すのは今です。将軍よ早くこのことを呉王(夫差)に奏して、臣の胸中の心配を存命のうちに払っていただけますように」と一度は怒り一度は嘆き、言葉を尽くして申しました、


続く


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by santalab | 2016-01-28 12:41 | 太平記 | Comments(0)

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