Santa Lab's Blog


「太平記」塩飽入道自害の事(その1)

塩飽しあく新左近の入道聖遠しやうゑんは、嫡子三郎左衛門忠頼ただよりを呼び、「諸方しよはうの攻め口悉く破れ、御一門たち大略腹切らせ給ふと聞こへければ、入道も守殿かうのとのに先立ちまゐらせて、その忠義を知られ奉らんと思ふなり。されば御辺は未だわたくし眷養けんやうにて、公方くばうの御恩をもかうむらねば、たとひ一所にて今命を不棄とも、人強ち義を知らぬ者とはよも思はじ。しかればいづくにも暫く身を隠し、出家遁世の身ともなり、我が後生ごしやうをもとぶらひ、心安く一身の生涯をも暮らせかし」と、泪のうちにのたまひければ、三郎左衛門忠頼ただよりも、両眼に泪を浮かめ、しばしは物も不被申けるが、ややあつて、「これこそおほせとも思え候はね。忠頼ぢきに公方の御恩を蒙りたる事は候はねども、一家いつけ続命ぞくみやう悉くこれ武恩に非ずと云ふ事なし。そのうへ忠頼自幼少釈門しやくもんに至る身ならば、恩を棄てて無為ぶゐに入る道もしかなるべし。いやしくも弓矢の家に生まれ、名をこの門棄もんえふに懸けながら、武運の傾くを見て、時の難を遁れんが為に、出塵しゆつぢんの身と成つて、天下の人に指を差されん事、これに過ぎたる恥辱や候ふべき。御腹被召候はば、冥途の御道しるべ仕り候はん」と云ひも果てず、袖の下より刀を抜いて、ひそかに腹に突き立てて、畏つたるていにて死にける。




塩飽新左近入道聖遠(塩飽聖遠)は、嫡子三郎左衛門忠頼を呼び、「諸方の攻め口は残らず破られて、ご一門たちのほとんどが腹を切られたと聞く、入道も守殿(北条高時たかとき。鎌倉幕府第十四代執権)に先立って、その忠義を知らせんと思うておる。だがお前はまだわしが眷養([目をかけて養うこと])する身、公方のご恩を蒙ってはおらぬ身じゃ、たとえ一所で今命を捨てずとも、人は義を知らぬ者と強く責めはしないであろう。ならばどこへどもしばらく身を隠し、出家遁世の身ともなり、我が後生を弔いながら、心安くその生涯を暮らせばよかろう」と、涙の内に申せば、三郎左衛門忠頼も、両眼に泪を浮かべ、しばしは何も言いませんでしたが、しばらくあって、「これこそ仰せとも思われません。この忠頼は直接公方のご恩を蒙ったことはございませんが、一家の続命([生き長らえること])はすべて武恩によるものです。その上忠頼自幼少にして釈門になることは、恩を棄てて無為([何もしないでぶらぶらしていること])になるのと同じこと。いやしくも弓矢の家に生まれ、名をこの門棄に懸けながら、武運の傾くを見て、時の難を遁れるために、出塵([出家して僧と なること])の身となって、天下の人に指を差されることは、これに過ぎた恥辱がありましょうか。御腹を召されたならば、冥途の道しるべを仕ります」と言いも果てず、袖の下より刀を抜いて、ひそかに腹に突き立てて、畏った姿で死にました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-01-29 07:50 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」備後三郎高徳事付呉越...      「太平記」備後三郎高徳事付呉越... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧