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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その11)

さるほどに范蠡はんれい越の国にあつてこの事を聞くに、恨み骨髄こつずゐとほつて難忍。あはれいかなる事をもして越王ゑつわうの命を助け、本国に帰り給へかし。諸共にはかりごとを廻らして、会稽山くわいけいざんの恥をきよめんと、肺肝はいかんを砕いて思ひければ、疲身替形、あじかうをを入れて自らこれを荷ひ、魚を売る商人あきんどの真似をして、呉国へぞ行きたりける。姑蘇城のほとりに休らひて、勾践こうせんのをはする処を問ひければ、ある人くはしく教へ知らせけり。范蠡嬉しく思ひて、かの獄のほとりに行きたりけれども、禁門警固隙なかりければ、一行いちがうの書を魚の腹の中にをさめて、獄の中へぞ投げ入れける。勾践こうせん怪しく思して、魚の腹を開いて見給へば、

西伯囚二爰里 重耳走国
皆以為王覇 莫死許敵

とぞ書きたりける。筆のいきほひ文章のていまがふべくもなき范蠡はんれいが仕業なりと見給ひければ、かれ未だ憂き世に永らへて、為我肺肝はいかんを尽くしけりと、その心ざしのほどあはれにもまた頼もしくも思へけるにこそ、一日片時へんしも生けるを憂しとかこたれし我が身ながらの命も、かへつしくは思はれけれ。




やがて范蠡は越国でこれを聞いて、呉王(夫差)への恨みはそれこそ骨髄に染み渡るほどに忍び難いものでした。哀れなことよどんなことをしても越王(勾践)の命を助け、本国に帰そう。諸共に謀略を廻らせて、会稽山の恥を清めようと、肺肝を砕いて思い続けるうちに、その身は痩せ衰えてしまいました。結句簀([竹・わらやアシなどを編んで作ったかご、ざる])に魚を入れて自ら荷い、魚を売る商人の振りをして、呉国へ行きました。姑蘇城のほとりで休んで、勾践がいる場所を訊ねると、ある人が詳しく教えてくれました。范蠡はうれしく思い、かの獄のほとりを訪ねましたが、禁門の警固は隙もありませんでした、そこで一行の書を魚の腹の中に入れて、獄の中へ投げ入れました。勾践は怪しく思い、魚の腹を開いて見れば、

西伯昌(周文王。周の始祖)はこの里に二度囚えられ、重耳は国中を逃げ回りました。それは皆王覇のためでした。決して敵の許で死んではなりません。

と書いてありました。筆の勢い文章の体は、間違いなく范蠡のものでした、范蠡はまだ憂き世に永らえて、わたしのために心を尽くしてくれるのかと、その心ざしのほどを哀れにもまた頼もしくも思えて、一日片時も生きていることを悲しいと嘆いていた我が身の命さえも、惜しく思われました。


続く


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by santalab | 2016-01-29 08:23 | 太平記 | Comments(0)

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