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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その12)

斯かりけるところに、呉王夫差ふさにはかに石淋せきりんと云ふ病ひを受けて、身心とこしなへに悩乱なうらん、巫覡ぶげき祈れども無験、医師すれども不痊、露命すでに危ふく見へ給ひけるところに、侘国たこくより名医来たつてまうしけるは、「御病ひまことに雖重医師の術及ぶまじきにあらず。石淋のあぢはひを甞めて、五味のやうを知らする人あらば、容易く可奉療治」とぞまうしける。「さらば誰かこの石淋を甞めてそのあぢはひを知らすべき」と問ふに、左右さいうの近臣相顧あひかへりみて、これを甞むる人さらになし。勾践こうせんこれを伝へ聞いてなみだを抑へてのたまはく、「我会稽くわいけいの囲みに逢ひし時すでに被罰べかりしを、今に命助け置かれて天下の赦しを待つ事、ひとへに君王くんわう慈慧じけいの厚恩なり。我今これを以つて不報其恩いつの日をか期せん」とて密かに石淋を取りてこれを甞めてそのあぢはひを医師に被知。医師あぢはひを聞いて加療治、呉王の病ひたちまちに平癒へいゆつしてげり。呉王おほきによろこうで、「人有心助我死、我なんぞこれを謝する心なからんや」とて、越王ゑつわうを自楼出だし奉るのみにあらず、あまつさへ越の国を返し与へて、「本国へかへり去るべし」とぞ被宣下ける。




そうこうするところに、呉王夫差がにわかに石淋([腎臓や膀胱に結石ができる病気])という病いを受けて、身心絶えず苦しみ、巫覡([神を祀り神に仕え、神意を世俗の人々に伝えることを役割とする人])が祈れども効き目はありませんでした、医師が治療しましたが回復せず、露の命すでに危うく思われるところに、侘国(蘇刺侘スラーシユトラ国?)より名医がやって来て申すには、「病いは重篤で医師の術の及ぶところではありません。石淋の味を嘗めて、五味を知らせてくれれば、療治は容易いのですが」と申しました。「ならば誰かこの石淋を嘗めてその味を知らせよ」と申しましたが、左右の近臣は互いに顔を覗うばかりで、これを嘗める人はいませんでした。勾践はこれを伝え聞くと涙を抑えて申すには、「我は会稽で囲まれた時討たれるべきところを、今に命を助け置かれて天下の赦しを待つ身である、これひとえに君王(夫差)の慈慧の厚恩によるもの。今これに報じなくてはその恩をいつの日に報じることができようか」と密かに石淋を受け取りこれを嘗めてその味を医師に知らせました。医師は味を聞くと治療を始め、呉王の病いはたちまち平癒しました。呉王(夫差)はたいそうよろこんで、「勾践の情けによってわしは死なずに済んだ、どうしてこれに感謝しないことがあろうか」と申して、越王(勾践)を楼から出すばかりではなく、越国を返して、「本国へ帰るがよい」と命じました。


続く


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by santalab | 2016-01-29 08:28 | 太平記 | Comments(0)

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