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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その15)

西施は小鹿をじかの角の束の間も、別れて可有物かはと、思ふ仲を裂けられて、いまだいとけなき太子王せき与をも不云知思ひ置き、習はぬ旅に出で給へば、別れを慕ふなみださへしばしがほども止まらで、袂の乾く隙もなし。越王ゑつわうはまたこれや限りの別れなるらんと堪へぬ思ひに臥ししづみて、そなたの空を遥々と眺め遣り給へば、遅々たる暮山ぼざんの雲いとど泪の雨となり、虚しき床に独り寝て、夢にも責めて逢ひ見ばやと欹枕臥し給へば、無添甲斐化に、無為方歎き給ふもげにことわりなり。かの西施とまうすは天下第一の美人なり。よそほひ成つて一度ひとたびめばももこび君がまなこを迷はして、やうやく池上ちじやうに無花かと疑ふ。艷閉ぢてわづかに見れば千々ちぢの姿人の心をとらかしてたちまちに雲間に失月かと怪しまる。されば一度ひとたび入宮中君王くんわうかたはらにはんべりしより、呉王の御心浮かれて、夜は夜もすがら婬楽をのみたしなんで、世のまつりごとをも不聞、昼は尽日ひねもすに遊宴いうえんをのみ事として、国の危ふきをも不顧。金殿挿雲、四辺三百里があひだ山河さんかを枕の下に見下ろしても、西施の宴せし夢のうちに興を催さん為なりき。輦路れんろに無花春の日は、麝臍じやせいうづみてくつにほはし、行宮あんきゆうに無月夏の夜は、蛍火けいくわを集めてとぼしびに代ふ。




西施(春秋時代の越の美女)は小鹿の角の束の間も、別れてあるべきものをと、思う仲を裂かれて、まだ幼い太子王せき与(与夷?)にも満足に言い残せぬまま、慣れない旅に出ました、別れを慕う涙はしばしも止まることなく、袂が乾く隙もありませんでした。越王(勾践)もまたこれを限りの別れとなると思えば悲しみに堪えかねて、行く先の空を遙々と眺めれば、ゆっくりと流れる暮山の雲は涙の雨となって、むなしい床に独り寝て、せめて夢にも逢いたいと枕に伏せども、添う者もなく、どうしようもなく悲しくて嘆くほかありませんでした。西施は天下第一の美人でした。麗しい衣を身に纏い一度微笑めば、百の媚([色気])に君の眼を惑わし、地上に花はないかと疑うほどでした。目を伏せてわずかに目を上げると憂いを含んだ姿に人は心を失いたちまちに雲間に月が隠れたようでした。こうして宮中に入り君王(夫差)の傍らに侍るようになってからは、呉王は心浮かれて、夜は夜通し婬楽にのみ耽って、世の政をも聞かず、昼は日を尽くして一日中遊宴して、国の危うきを顧みることはありませんでした。金殿は雲を見下ろし、四辺三百里が間の、山河を枕の下に見下ろしましたが、西施が夢の中でさえ楽しめるようにと思ってのことでした。輦路([天子の車の通路])に花のない春の日には、麝臍([ジャコウジカのへそ。香りが強い])を埋めて履を匂わせ、行宮([天皇の行幸のときに旅先に設けた仮宮])に月なき夏の夜は、蛍火([蛍])を集めて灯火としました。


続く


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by santalab | 2016-01-29 12:18 | 太平記 | Comments(0)

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