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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その16)

婬乱重日さらに無止時しかば、かみすさしも廃るれども、佞臣ねいしんおもねつて諌めせず。呉王ごわう万事ひて如忘。伍子胥ごししよ見之呉王を諌めてまうしけるは、「君不見いん紂王ちうわう妲妃だつきに迷ひて世を乱り、しう幽王いうわう褒姒はうじを愛して国をかたぶけし事を。君今西施せいしいんし給へる事過之。国の傾敗けいはい非遠に。願はくは君止之給へ」と侵言顔諌め申しけれども、呉王敢へて不聞給。ある時また呉王西施に為宴、召群臣南殿の花にひを勧め給ひけるところに、伍子胥威儀を正しくしてまゐりたりけるが、さしも敷玉鏤金瑶階えうかいを登るとて、そのもすそを高くかかげたる事あたかも如渉水時。その怪しき故を問ふに、伍子胥こたへて申しけるは、「この姑蘇台こそだい越王ゑつわうの為に被亡、草深く露滋き地とならん事非遠。臣もしそれまで命あらば、住み越し昔の跡とてたづね見ん時、さこそは袖より余る荊棘けいぎよくの露も、畳々じやうじやうとして深からんずらめと、行くすゑの秋を思ふゆゑに身を習はしてもすそをば上ぐるなり」とぞ申しける。




婬乱に日を重ねさらに止む時はありませんでした、上は荒み下は廃れましたが、佞臣([主君におもねり,心の不正な臣下])はへつらい諌めることはありませんでした。呉王(夫差)は酒に酔った如くすべてを忘れたようでした。伍子胥(春秋時代・呉の政治家、軍人)はこれを見て呉王を諌め申すには、「君は知っておられぬや殷の紂王(帝辛。殷朝最後の第三十代王)は妲妃(帝辛の愛妃)に迷い世を乱し、周の幽王(周朝の第十二代王)は褒姒(幽王の后)を愛して国を傾けたことを。君が今西施(春秋時代の越の美女)を婬する([度を過ごして熱中する])ことはこれに過ぎたものです。国の傾敗は遠くございません。願わくは君はこれを止められますよう」と面と向かって諌め申しましたが、呉王はまったく聞きませんでした。ある時また呉王(夫差)は西施のために宴を催し、群臣を集めて南殿の花を愛で酒を勧めるところに、伍子胥は威儀を正して参りましたが、玉を敷き金をちりばめた瑶階([玉の階段])を登る時、裾を高く引き上げて水を渡るようにして登りました。不思議に思い訊ねると、伍子胥が答えるには、「この姑蘇台(姑蘇城。現江蘇省蘇州市)が越王(勾践)のために亡ぼされ、草深く露繁き地となることはそう遠くありません。わたしがもしそれまで命あらば、住み越し昔の跡として訪ね見る時、きっと袖に余る荊棘([イバラなど、とげのある低い木])の露も、畳々([いく重にも重なり合う様])として深いことであろうと、行く末の秋を思えば思わず裙を上げずにはいられない」と申しました。


続く


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by santalab | 2016-01-29 12:29 | 太平記 | Comments(0)

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