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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その21)

高徳たかのりこの事を思ひなぞらへて、一句の詩に千般せんぱんの思ひを述べ、密かに叡聞えいぶんにぞ達しける。さるほどに先帝は、出雲いづも美保みをの湊にじふ余日御逗留ごとうりうあつて、順風に成りにければ、舟人ふなうど艫綱ともづなを解いて御船装ふなよそひして、兵船ひやうせん三百余艘よさう、前後左右に漕ぎ並べて、万里の雲に沿さかのぼる。時に滄海さうかい沈々ちんちんとして日没西北浪、雲山迢々でうでうとして月出東南天、漁舟ぎよしうの帰るほど見へて、一灯柳岸りうがんかすかなり。暮るれば芦岸ろがんけぶりに繋船、明くれば松江すんがうの風に揚帆、浪路なみぢ日数ひかずを重ぬれば、都を御出であつて後二十六日とまうすに、御舟隠岐の国に着きにけり。佐々木の隠岐の判官はんぐわん貞清さだきよ国府こふしまと云ふ所に、黒木の御所を造りて皇居くわうきよとす。




高徳(児島高徳)はこのことを思い浮かべて、一句の詩に千般([様々])な思いを込めて、密かに後醍醐天皇(第九十六代天皇)の叡聞に達したのでした。やがて先帝(後醍醐天皇)は、出雲の美保の湊(現島根県松江市)に余日逗留されて、順風になれば、舟人は艫綱を解いて船装い([出船の準備])して、兵船三百余艘が、前後左右に漕ぎ並べて、万里の雲となって配所に向かわれました。時に滄海は穏やかにして日は西北の浪に沈み、雲山は遠ざかり([迢々]=[遠く隔たる様])月は東南の天に上りました、漁舟が帰る頃と思えて、一灯が柳岸にかすかに灯っていました。日が暮れて芦岸に船が繋がれているのがかすかに見えました、明ければ松江の風に帆を上げて、浪路に日数を重ねれば、都を出てから二十六日目に、舟は隠岐国に着きました。佐々木隠岐判官貞清(佐々木貞清)は、国府の嶋(現島根県隠岐郡隠岐の島町)という所に、黒木([皮つきの丸太で造ったもの])の御所を造って皇居としました。


続く


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by santalab | 2016-01-30 07:46 | 太平記 | Comments(0)

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