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「太平記」備後三郎高徳事付呉越軍の事(その22)

玉扆ぎよくい咫尺しせきして被召仕ける人とては、六条ろくでうの少将忠顕ただあき、頭の大夫行房ゆきふさ女房にようばうには三位殿さんみどのの御局ばかりなり。昔の玉楼金殿ぎよくろうきんでんに引き替へて、憂き節繁き竹椽たけたるき、涙隙なき松のかき、一夜を隔つるほども可堪忍御心地ならず。鶏人けいじん暁を唱へし声、警固の武士のとのゐもよほす声ばかり、御枕のうへに近ければ、よん御殿をとどに入らせ給ひても、露まどろませ給はず。萩戸はぎのとの明くるを待ちし朝政あさまつりごとなけれども、巫山ぶざん雲雨うんう御夢に入る時も、まことに暁毎の御勤め、北辰ほくしんの御拝も怠らず、今年いかなる年なれば、百官無罪愁へのなんだを滴配所月、一人いちじん易位宸襟しんきんを悩他郷風給ふらん。天地開闢てんちかいびやくよりこの方斯かる不思議を不聞。されば掛天日月も、為誰明らかなる事を不恥。無心草木も悲之花咲く事を忘れつべし。




玉扆([天皇の御座所。玉座])に咫尺([貴人の前近くに出て拝謁すること])して召し仕える人は、六条少将忠顕(千種忠顕)、頭大夫行房(一条行房)、女房には三位局(阿野廉子やすこ)ばかりでした。昔の玉楼金殿に引き替えて、憂き節繁き竹椽(竹縁)、涙隙なき松の墻(垣)、一夜さえ堪え忍ぶ心地もしませんでした。鶏人([平安時代、宮中で、時刻を知らせた役人])が暁を知らせる声、警固の武士が当直する声ばかり、枕の上に近ければ、夜の御殿([天皇の御寝所])に入られても、眠ることもできませんでした。萩戸([天皇の居屋])が開くのを待って朝政([天皇が朝早く正殿に出て政務を執ること])はなくとも、巫山の雲雨([男女が夢の中で結ばれること。また、男女が情を交わすこと])の夢に入る時も、暁毎の勤め、北辰の御拝([北極星を神格化した称号。人の運を守るという])は怠ることはありませんでしたのに、今年はいかなる年でしたか、百官は罪愁なくして悲しみの涙を配所の月に流し、一人([一の人。天皇])の位を軽んじて宸襟を他郷の風に悩ますのでしょう。天地開闢よりこの方このような不思議を聞かず。なれば天を翔ける日月も、どうしてその明るさを恥じないことがありましょう。心ない草木でさえも花を咲かせることを忘れるような出来事でした。


続く


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by santalab | 2016-01-30 07:50 | 太平記 | Comments(0)

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