その弟塩飽四郎これを見て、続いて腹を切らんとしけるを、父の入道大きに諌めて、「暫く我を先立てて、順次の孝を専らにし、その後自害せよ」と申しければ、塩飽四郎抜いたる刀を収めて、父の入道が前に畏つてぞ侯ひける。入道これを見て快げに打ち笑ひ、閑々と中門に曲椂を飾らせて、その上に結跏趺座し、硯取り寄せて自ら筆を染め、辞世の頌をぞ書きたりける。
提持吹毛 截断虚空
大火聚裡 一道清風
と書いて、
叉手して首を延べて、子息四郎に、「それ討て」と
下知しければ、
大膚脱ぎに成つて、父の首を打ち落として、その太刀を取り
直して、
鐔本まで己れが腹に突き貫いて、うつ伏し様にぞ臥したりける。
郎等三人これを見て走り寄り、同じ太刀に被貫て、
串に指したる魚肉の如く
頭を連ねて臥したりける。
その弟塩飽四郎(塩飽忠時)はこれを見て、続いて腹を切ろうとするのを、父の入道(塩飽聖遠)はたいそう諌めて、「しばらく待ちこのわしを先立てて、順次の孝を致して、その後自害せよ」と申せば、塩飽四郎は抜いた刀を収めて、父の入道の御前に畏まりました。入道はこれを見て満足げに微笑んで、閑々と中門に曲椂([法会の際などに僧が用いる椅子])を備えさせると、上に結跏趺座([両足を互いの太ももの上に乗せる座り方])し、硯を取り寄せて自ら筆を染め、辞世の頌を書きました。
携えた吹毛([よく切れる剣])で、この世の命を断ち切ろうではないか。大火が町全体を包んでおるが、今は一筋の清風が吹くような心境ぞ。
と書いて、叉手([腕を組むこと])して首を延べて、子息四郎に、「それ討て」と命じると、四郎は大膚脱ぎになって、父の首を打ち落とすと、その太刀を取り直して、鐔本まで己れの腹に突き貫いて、うつ伏し様に臥しました。郎等([家来])三人はこれを見て走り寄り、同じ太刀に貫かれて、串に刺した魚のように頭を連ねて臥しました。
(続く)