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「太平記」薩多山合戦の事(その9)

この坂をば今河上総かづさかみ・南部の一族・羽切はきり遠江とほたふみの守、三百余騎にて堅めたりけるが、坂中に一段高き所のありけるを切り払うて、石弓を多く張りたりける間、一度にばつと切つて落とす。大石ともに先陣の寄せ手数百人すひやくにん、楯の板ながら打ちひしがれて、矢庭やにはに死する者数を不知、後陣ごぢんの兵これに色めいて、少し引き色に見へけるところへ、南部・羽切抜き連れて係かりける間、大類おほるゐ弾正・富田以下を宗として、児玉党十七人じふしちにん一所にして被討けり。この陣の合戦は加様かやうなりとも、五十万騎ごじふまんぎに余りたる陣々の寄せ手ども、同時に皆責め上らば、薩埵山をば一時に責め落とすべかりしを、「何となくとも今に可落城を、高名顔に合戦して討たれたるはかなさよ」と、面々に笑ひ嘲ける心のほどこそ浅ましけれ。




この坂を今河上総守(今川範国のりくに。上総介)・南部の一族・羽切遠江守が、三百余騎で固めていましたが、坂中に一段高い所があったのを切り払い、石弓を多く張っていたのを、一度に切って落としました。大石ともに先陣の寄せ手数百人は、楯の板とともに押し潰されて、たちどころに死ぬ者は数を知らず、後陣の兵はこれに色を失い、少し引き色に見えるところに、南部・羽切が抜き連れて([大勢の者が、そろって刀を抜く])懸かったので、大類弾正・富田以下を宗として、児玉党([武蔵国で割拠した武士団 の一])十七人が一所で討たれました。この陣の合戦はこのようであれども、五十万騎に余る陣々の寄せ手どもが、同時に皆攻め上れば、薩埵山(現静岡県静岡市清水区にある薩埵峠)を一時に攻め落とせたものを、「何もしなくとも今に落ちる城を、高名顔に合戦してあっという間に討たれるとは」と、面々に笑い嘲ける心のほどこそ嘆かわしいものでした。


続く


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by santalab | 2016-01-30 19:27 | 太平記 | Comments(0)

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