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「太平記」薩多山合戦の事(その10)

去るほどに同じき二十七日にじふしちにち、後攻めの勢三万余騎、足柄山の敵を追つ散らして、竹下たけがしたに陣を取る。小山をやま判官はうぐわんも宇都宮に力を合はせて、七百余騎同じき日に古宇津こうつに着きければ、焚き続けたる篝火の数、おびたたしく見へける間、大手搦め手五十万騎の寄せ手ども、暫くも不忍十方へ落ちて行く。仁木越後の守義長よしなが勝つに乗つて、三百余騎にて逃ぐる勢を追つ立て、伊豆いづこふへ押し寄せける間、高倉禅門一支へも不支して、北条へぞ落ち行き給ひける。上杉民部の大輔・長尾左衛門が勢二万余騎は、信濃を心ざして落ちけるを、千葉の介が一族ども五百騎許りにて追つ懸け、早河尻はやかはじりにて打ち留めんとしけるが、落ち行く大勢に被取篭、一人も不残被討けり。さてこそその道開けて、心安く上杉・長尾左衛門は、無為ぶゐに信濃の国へは落ちたりけれ。




やがて同じ十二月二十七日、後詰めの勢三万余騎は、足柄山の敵を追い散らして、竹下(現静岡県駿東すんとう郡小山町)に陣を取りました。小山判官(小山氏政うぢまさ?)も宇都宮(宇都宮氏綱うぢつな?)に力を合わせて、七百余騎で同じ日に古宇津(現静岡県三島市)に着けば、焚き続ける篝火の数が、ものすごく多く見えたので、大手搦め手五十万騎の寄せ手どもは、しばらくも堪えず十方へ落ちて行きました。仁木越後守義長(仁木義長)は勝つに乗って、三百余騎で逃げる勢を追い立て、伊豆の国府(現静岡県三島市)に押し寄せたので、高倉禅門(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)一支えもできずに、北条(現静岡県田方郡)に落ちて行きました。上杉民部大輔(上杉憲顕のりあき)・長尾左衛門(長尾景恒かげつね?)の勢二万余騎は、信濃を指して落ちて行きましたが、千葉介(千葉氏胤うぢたね?)の一族どもが五百騎ばかりで追い駆け、早河尻(現神奈川県小田原市)で討ち止めようとしましたが、落ち行く大勢に取り籠められて、一人も残らず討たれました。こうして道は開けて、心安く上杉・長尾左衛門は、難なく信濃国に落ちて行きました。


続く


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by santalab | 2016-01-30 19:31 | 太平記 | Comments(0)

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