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「太平記」薩多山合戦の事(その11)

高倉禅門は余りに気を失つて、北条にもなほ溜まり不得、伊豆の御山へ引いて、大息ついておはしけるが、忍びていづちへも一まづ落ちてや見る、自害をやすると案じわづらひ給ひけるところに、また和睦の儀あつて、将軍より様々に御文を被遣、畠山阿波あはかみ国清くにきよ・仁木左京さきやうの大夫頼章よりあき・舎弟越後ゑちごの守義長よしながを御迎ひに被進たりければ、今の命の捨て難さに、後のはぢをや忘れ給ひけん、禅門降人かうにんに成つて、将軍に打ち連れ奉て、正月六日の夜に入つて、鎌倉へぞかへり給ひける。




高倉禅門(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)は余りに気力を失い、北条(現静岡県田方郡)にも留まることはできずに、伊豆の御山へ引いて、大息を吐いていましたが、忍びていづちへも一まず落ちようか、自害をするべきかと悩んでいるところに、また和睦の儀があり、将軍(足利尊氏)より様々に文を送り、畠山阿波守国清(畠山国清)・仁木左京大夫頼章(仁木頼章)・舎弟越後守義長<(仁木義長)を迎えに参らせたので、今生の命の棄て難さに、後の恥を忘れたのか、禅門(足利直義)は降人となって、将軍(足利尊氏)と打ち連れて、正月六日の夜に入って鎌倉に帰りました。


続く


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by santalab | 2016-01-30 19:35 | 太平記 | Comments(0)

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