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「太平記」慧源禅門逝去の事(その3)

さてもこの禅門は、随分ずゐぶん政道をも心に懸け、仁義をも存じ給ひしが、加様に自滅し給ふ事、いかなる罪の報ひぞと案ずれば、この禅門依被申、将軍鎌倉にていつはりて一紙の告文かうぶんを残されしゆゑにその御罰にて、御兄弟きやうだいの中も悪しく成り給ひて、終に失せ給ふか。また大塔おほたふの宮を奉殺、将軍しやうぐんの宮を毒害し給ふ事、この人の御わざなれば、その御いきどほり深くして、如此亡び給ふか。災患さいくわん本無種、悪事を以つて種とすといへり。まことなるかな、武勇ぶようの家に生まれ弓箭きうせんもつぱらにすとも、慈悲を先とし業報ごふはうを可恐。我が威勢のある時は、みやう昭覧せうらんをも不憚、人の辛苦をも不痛、思ふ様に振る舞ひぬれば、楽しみ尽きて悲しみ来たり、我と身を責むる事、哀れに愚かなる事どもなり。




それにしてもこの禅門(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)は、随分と政道にも心を懸けて、仁義を重んじていましたが、こうして自滅したのは、いかなる罪の報いかと案ずれば、この禅門の申すに従い、将軍(足利尊氏)が鎌倉で偽りの一紙の告文([神仏に祈願の意を告げ奉る文])を残したその罰により、兄弟の仲が悪くなり、終に亡くなったのでしょうか。また大塔宮(第九十六代後醍醐天皇の皇子、護良もりよし親王)を奉殺、将軍宮(成良なりよし親王)を毒害したのは、この人がしたことでしたので、その憤り深くして、亡んだのでしょうか。災患に因はない、悪事がその本となるといいます。どうでしょう、武勇の家に生まれ弓箭を業とするとも、慈悲を先とし業報を恐れるべきなのです。威勢がある時は、冥(神仏)の昭覧をも憚らず、人の辛苦にも心痛めず、思う様に振る舞えば、楽しみ尽きてやがて悲しみが訪れ、我と身を責めるということです、哀れにして愚かなことでした。


続く


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by santalab | 2016-01-30 21:21 | 太平記 | Comments(0)

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