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「太平記」相公江州落事(その2)

ここに相模の国の住人ぢゆうにんに曽我左衛門と言ひける者、水練すゐれんの達者なりければ、向かふの岸に泳ぎ着いて、小舟のありけるを一艘いつさうりやうして、みづかを押して漕ぎ寄する。すなはち大将を始めとして、宗との人々二十にじふ余人一艘いつさうに込み乗つて、先づ向かふの岸に着き給ふ。その後また小舟三艘さんざう求め出だして、百五十騎のつはものども皆渡してけり。これまでもなほ敵の追つて懸かる事なければ、棄てたる馬も物の具も次第次第に渡し果てて、舟踏みかへし突き流して、「今こそ生きたる命なれ」と、手を打つてどつとぞ笑はれける。大将軍事故なく、近江の四十九院しじふくゐんにおはする由聞こへければ、土岐・大高伊予のかみ、東坂本へ落ちたりけるが、舟に乗つて馳せ参る。佐々木の一党は申すに及ばず、美濃・尾張をはり・伊勢・遠江の勢ども、我も我もと馳せ参るほどに、宰相さいしやう中将ちゆうじやうまた大勢を付けて、山陽・山陰にてふし合はせ、都を攻めんと議し給ふ。




相模国の住人で曽我左衛門という者は、水練の達者でしたので、向こう岸に泳ぎ着いて、小舟があるのを一艘奪うと、自ら櫓を漕いで漕ぎ寄せました。すぐに大将(足利義詮よしあきら)をはじめとして、主だった者たち二十人余りを一艘に乗せて、先ず向こう岸に着きました。その後また小舟三艘を探し出して、百五十騎の兵たちを皆渡しました。こうする間も敵が追いかかることがなかったので、捨てた馬も物の具([武具])も次々に向こう岸に渡し終えて、船底を踏み破り川に押し流して、「これで命拾いしたぞ」と、手を打ってどっと笑いました。大将軍(足利尊氏)は無事、近江の四十九院(現滋賀県犬上郡豊郷町)におられると聞こえたので、土岐・大高伊予守(大高重成しげなり)は、東坂本(現滋賀県大津市)に落ちていましたが、舟に乗って急ぎ参りました。佐々木一党は言うまでもなく、美濃・尾張・伊勢・遠江の勢たちが、我も我もと急ぎ参ったので、宰相中将(足利義詮)はまた大勢を引き連れて、山陽・山陰に牒状([順番に回して用件を伝える書状])を出して、都を攻める算段をしました。


続く


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by santalab | 2016-01-30 21:36 | 太平記 | Comments(0)

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