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「太平記」新田左兵衛佐義興自害事(その3)

竹沢は元来ぐわんらい欲心熾盛しじやうにして、人のあざけりをも顧みずいにしへよしみをも思はず、情けなき者なりければ、かつて一義をも申さず。「さ候はば、兵衛ひやうゑすけ殿の疑ひを散じて相近付き候はん為に、それがしわざと御制法せいはふ候はんずる事を背いて御勘気かんきかうむり、御内を罷り出でたるていにて本国へ罷り下つて後、この人に取り寄り候ふべし」とよくよく相謀あひはかつて己が宿所へぞ帰りける。予て謀りつる事なれば、竹沢翌日より、宿々の傾城けいせいどもを数十人すじふにん呼び寄せて、遊びたはぶれ舞ひ歌ふ。これのみならず、相伴ふ傍輩はうばいども二三十人招き集めて、博奕ばくち昼夜ちうや十余日までぞしたりける。ある人これを畠山に告げ知らせたりければ、畠山大きにいつはり怒つて、「制法せいはふを破る罪科ざいくわ一つにあらず、およそ道理を破る法はあれども法を破る道理なし。いはんや有道いうだうの法をや。一人のとがいましむるは万人を為助けなり。この時ゆるに沙汰致さば、向後きやうこう狼籍らうぜき断つべからず」とて、すなはち竹沢が所帯を没収もつしゆしてその身を追ひ出だされけり。竹沢一言の陳謝ちんじやにも及ばず、「あな事々し、左馬の頭殿に仕はれぬ侍は身一つは過ぎぬか」と、飽くまで広言くわうげん吐き散らして、己が所領へぞ帰りにける。




竹沢は元より欲心熾盛([火が燃え上がるように勢いの盛んなこと])で、人の嘲りをも意にせず旧来の好みも気にかけず、情けのない者でしたので、いままで一義([一理])も言わぬ者でした。「ならば、兵衛佐殿(新田義興よしおき。新田義貞の次男)の疑いを散じて近付くために、某はわざと制法([定められた法律や規則])に背き勘気を被り、御内を出るようにして本国に下り、この人(義興)に近寄りましょう」とよくよく謀って宿所に帰りました。謀ってのことでしたので、竹沢は翌日より、宿々の傾城([美女])どもを数十人呼び寄せて、遊び戯れ舞い歌い興にふけりました。これのみならず、傍輩どもを二三十人招き集めて、博奕を昼夜十余日打って遊びました。ある人がこれを畠山(畠山国清くにきよ)に告げ知らせると、畠山はたいそう怒る振りをして、「制法を破る罪科一つにあらず、道理を破ることはあっても法を破ってよいという道理はない。申すまでもなく有道([正しい道にかなっていること])の法である。一人の咎を戒めることは万人を助けるためぞ。今甘い沙汰を致せば、今後狼籍がなくなることなし」と申して、たちまち竹沢の所帯([財産])を没収して宿所を追い出しました。竹沢は一言の陳謝もせず、「つまらぬことをがたがた申すことよ、左馬頭殿(足利基氏もとうぢ。足利尊氏の四男)に仕える侍は好き勝手もできぬとはつまらぬことよ」と、広言を吐き散らして、己の所領に帰りました。


続く


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by santalab | 2016-01-31 09:01 | 太平記 | Comments(0)

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