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「太平記」新田左兵衛佐義興自害事(その5)

義興よしおき元より好色かうしよくの心深かりければ、無類思ひ通はして一夜のほどの隔ても千年を経る心地に思えければ、常の隠れ家を替へんともし給はず、少しひたたけたる式にて、その方様の草の所縁までも、心置くべき事とは露ばかりも思ひ給はず。まことに褒姒ほうじ一度んで幽王いうわう傾国、玉妃かたはらに媚びて玄宗世を失ひ給ひしも、かくやと思ひ知られたり。されば太公望が、好利者与財珍迷之、好色者与美女惑之と、敵をはかる道ををしへしを知らざりけるこそ愚かなれ。かくて竹沢奉公の心ざし切なる由を申しけるに、兵衛ひやうゑすけ早や心打ち解けて見参し給ふ。やがて鞍置きたる馬三疋、ただ今をどし立てたるよろひ三領、召し替への為とて引き参らす。これのみならず、越後より付きまとひ奉てここかしこに隠れたるつはものどもに、皆一献を進め、馬・物の具・衣裳・太刀・刀に至るまで、用々に随ひて漏らさずこれを引きける間、兵衛の佐殿も竹沢を異于なりと思ひをなされ、傍輩はうばいどもも皆これに過ぎたる御要人ごえうにんあるべしと悦ばぬ者はなかりけり。




義興(新田義興よしおき。新田義貞の次男)は元より好色の者でしたので、類なく思い通い一夜のほどの隔ても千年を経る心地がして、常の隠れ家を替えることもなく、みだりがわしいほどでした、草([末々])の所縁に、用心すべきとは露ほども考えが及びませんでした。まことに褒姒(周の幽王の后。絶世の美女だったといわれ、西周を滅ぼす元凶となった)が一度笑んで幽王(周の第十二代の王)が国を傾け、玉妃(楊貴妃)が傍らで媚びて玄宗(唐の第九代皇帝)が世を失ったのも、このようにしてと思い知られました。なれば太公望が、金を好む者に珍宝を与えれば目がくらみ、好色の者に美女を与えれば惑わされると申した、敵を陥れる道を知らないことこそ愚かなことでした。こうして竹沢は奉公の心ざし切なる由を申すと、兵衛佐(新田義興)は早くも心を解いて見参しました。やがて鞍置きたる馬三匹、ただ今威し立てた鎧三領、召し替えのためと申して参らせました。こればかりでなく、越後より従い付きここかしこに隠れていた兵どもに、一献を勧め、馬・物の具([武具])・衣裳・太刀・刀に至るまで、それぞれ一人残らず贈ったので、兵衛佐殿も竹沢を格別に思うようになりました、傍輩どもも皆これに過ぎたる要人はないとよろこばない者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-01-31 09:39 | 太平記 | Comments(0)

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