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「太平記」亀寿殿令落信濃事付左近の大夫偽落奥州事(その2)

盛高もりたか泪を押さへてまうしけるは、「今までは一身の安否あんぴを御一門の存亡ぞんばうに任せさふらひつれば、命をば可惜候はず。御前おんまへにて自害仕つて、二心なきほどを見へまゐらせ候はんずる為にこそ、これまで参つて候へども、『死を一時に定むるは易く、はかりごとを万代に残すは難し』と申す事候へば、ともかうもおほせに可随候」とて、盛高は御前を罷り立つて、相摸殿のおもひびと二位殿にゐどのの御局のあふぎやつにおはしましける処へまゐりたりければ、御局を始め進らせて、女房にようばうたちまでまことに嬉し気にて、「さてもこの世の中は、何と成り行くべきぞや。我らは女なれば立ち隠るる方もありぬべし。この亀寿かめじゆをばいかがすべき。兄の万寿をば五大院ごだいゐんの右衛門可蔵方ありとて、今朝こんてういづ方へやらん具足しつれば心安く思ふなり。ただこの亀寿が事思ひわづらうて、露の如くなる我が身さへ、消え侘びぬるぞ」と泣き口説き給ふ。




盛高(諏訪盛高)は涙を抑えて申すには、「今まで我が身の安否をご一門の存亡に任せておりますれば、命は惜しくございません。御前で自害し、二心ないところをお見せするために、ここまで参りましたが、『死を一時に定めるは易く、謀を万代に残すは難し』と申しますれば、ともかくも仰せに従います」と申して、盛高は御前を立って、相摸殿(鎌倉幕府第十四代執権、北条高時たかとき)の妾、二位殿の局(二位局)がおられる扇谷に参ると、局をはじめ、女房たちまでまことに嬉しそうに、「さてもこの世の中は、どうなることでしょう。我らは女ですから隠れる方もございます。この亀寿(亀寿丸=北条時行ときゆき)はいかがいたします。兄の万寿(万寿丸=北条邦時くにとき。北条高時の嫡男)は五大院右衛門(五大院宗繁むねしげ)が隠す所あると申して、今朝どこへか具足しましたので安心です。ただこの亀寿のことを思えばつらくて、露のような我が身さえ、消え侘びております」と泣き口説きました。


続く


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by santalab | 2016-02-05 07:52 | 太平記 | Comments(0)

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