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「太平記」大内介降参事(その1)

聖人世に出て義を教へ道を正す時だにも、上智は少なく下愚かぐは多ければ、人の心すべて一致せず。かるがゆゑげうの代にすら四凶の族あり。魯国ろこく小星卯せうせいばうあり。いはんや時今澆季げうきなり。国また卑賎なり。因何に仁義を知る人あるべきなれども、近年我がてうの人の有様ほどうたてしき事をば承らず。先づ弓矢取りとならば、死を善道に守り名を義路に失はずにこそ思はれるべく、わづかに欲心を含みぬれば、御方に成るも早く、いささかも恨みあり、敵になるも易し。されば今誰をか始終の御方と頼みに思ふべし。変じ安き心は鴻毛こうまうより軽く、不撓志は麟角りんかくよりも稀なり。人数ひとかずならぬ小者どもの中に、たまたま一度もひるがへらぬ人一両人ありといへども、それももし禄を与へ利を含めて呼び出す方あらば、一日も足を留まるべからず。ただ五十歩に止まる者、百歩に走るを笑うが如し。




聖人が世に現れて義を教え道を正す時でさえ、上智([生まれながらに道理を知っている、優れた人])は少なく下愚([大層愚かなこと])は多ければ、人の心はすべて一致することはありません。故に尭([中国、古伝説上の聖王])の時代にも四凶([古代中国の舜帝に、中原の四方に流された四柱の悪神])の族がいました。魯国([中国、周代、春秋時代、戦国時代に亘って存在した国])に小星卯([星芒]=[星の光]。客星?)が現われました。まして時は今澆季([道徳が衰え、 乱れた世])でした。国もまた卑賎([人としての品位が低いこと])でした。仁義を知る人がいるとも思えませんでしたが、それにしても近年我が朝の人の有様ほど残念なことを聞いたことはありませんでした。まず弓矢取りならば、死を善道([人道])に守り名を義の路に失うことはないと思われるべきでしたのに、わずかの欲心のために、たちまち味方になるかと思えば、いささかも恨があれば、容易く敵になりました。なれば今は誰を始終変わらぬ味方と頼みに思うことでしょう。移ろいやすい心は鴻毛([おおとりの羽毛。非常に軽いもののたとえ])より軽く、変わらぬ心ざしは麟角よりも稀でした。人数にも入らぬ小者どもの中に、たまたま一度も心変わらぬ人がいても、それとてもし禄を与え利になると呼び出す者あらば、一日も足を留めることはありませんでした。ただ五十歩に止まる者が、百歩に走る者を笑うようなものでした。


続く


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by santalab | 2016-02-05 08:21 | 太平記 | Comments(0)

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