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「太平記」芳賀兵衛入道軍事(その3)

上より見越せば数百里に連なりて、坂東八箇国の勢ども、只今馳せ参ると思えて雲霞の如く見へたり。雲鳥うんてうの陣固くして、逞卒ていそつ機鋭なれば、いかなる孫呉が術を得たりとも、千騎に足らぬ小勢にて懸け合はすべしと思えず。芳賀伊賀のかみ馬に打ち乗つて、母衣ほろを引き繕ひて申しけるは、「平一揆たひらいつき白旗一揆しらはたいつきは、兼ねて通ずる子細ありしかば、軍の勝負に付いて、あるひは敵ともなりあるひは御方ともなるべし。後に下がりて只今馳せ参る勢は、たとひ何百万騎ありと言ふとも、物の用に立つべからず。家の安否あんぷ身の浮沈、ただ一軍ひといくさの中に定むべし」と高声かうしやうに呼ばはつて、前後に人なく東西に敵ありとも思はぬ気色にて、真つ前にこそ進んだれ。舎弟駿河のかみこれを見て、「軍門に君の命なし。戦場に兄の礼なし。今日の軍の先懸けは、我ならでは思えぬものを」と、嗚呼をこがましげに広言くわうげん吐いて、兄より先につと懸け抜けて駆け入る上は、相従ふつはもの八百余騎たれかはこれに劣るべし、我先に戦はんと、魚鱗になつてぞ懸かりける。左馬のかみ基氏もとうぢ、参然たる敵の勇鋭を見ながら機をたわめ給はず、相懸かりに馬を閑々しづしづと歩ませ事もなげに進まれたり。




上より見渡せば数百里に連なって、坂東八箇国の勢どもが、ちょうど馳せ参るところと思えてまるで雲霞のようでした。雲鳥の陣([鳥雲の陣]=[鳥や雲の集散の様子が変化きわまりないように、展開・密集が自在で変化のある陣立て。士卒を分散させておき、機に臨んで集合できるようにするもの])の守り固くして、逞卒([逞兵]=[たくましく勇ましい兵士])は機鋭なれば、どんな孫呉の術を持ってしても、千騎に足らぬ小勢で駆け合わすべきとも思えませんでした。芳賀伊賀守(芳賀高貞たかさだ)は馬に打ち乗ると、母衣([戦場における甲冑着用の際に、縦に縫い合わせた長い布を背中につけたもの])を整えて申すには、「平一揆([武蔵国の秩父氏一族、相模国の 中村氏一族、その他常陸国・上野国の平氏などが血縁を軸に集結した関東有数の国人一揆])・白旗一揆([武蔵国と上野国の国人一揆=武士集団])は、よく知っておる者どもである、軍の勝負次第で、敵とも味方ともなるであろう。後ろから馳せ参る勢は、たとえ何百万騎あろうとも、役にも立つまい。家の安否身の浮沈は、この一軍によって決まるであろう」と大声で叫ぶと、前後に人なく東西に敵ありとも思えぬ表情で、真っ先を進みました。舎弟駿河守(芳賀高家たかいへ)はこれを見て、「軍門では君の命令に従わずともよい。戦場では兄に礼儀を用いらず。今日の軍の先駆けは、わたしのほかにはいないものを」と、厚かましげに大口を吐いて、兄の先をさっと駆け抜けて駆け入りました、相従う兵八百余騎の誰一人これに劣らず、我先に戦おうと、魚鱗になって懸かりました。左馬頭基氏(足利基氏。足利尊氏の四男)は、すばらしい敵の勇鋭([勇ましく勢いがある様])を見ながら臆することなく、相懸かかりに馬を静かに進ませて戦場に向かいました。


続く


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by santalab | 2016-02-06 08:54 | 太平記 | Comments(0)

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