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「太平記」芳賀兵衛入道軍事(その4)

敵鬨の声三度作つてちと擬議ぎぎしたるところに、天も落ち地も裂くるかと思ゆるばかりに、ただ一声鬨を作つて左右にさつと分かる。芳賀はがが八百余騎を東西より引つつつみて、弓手ゆんで相付あひつ馬手めてに背けて、切つては落とされ、捲つつ捲られつ半時はんじばかり戦つて、両陣互ひに地を換へ、南北に分かれてその後をかへりみれば、原野血に染みて草はさながら緑を変へ、人馬汗を流して、堀兼ほりかねの池も血となる。左馬のかみは芳賀が元の陣に取り上がり、芳賀は左馬の頭の始めの陣に打ち上がつて、共にその兵を見るに、討たれたる者百余人、被疵者数を知らず。「さても宗との者どもの中に、誰か討たれたる」とたづぬるところに、「駿河のかみ殿こそ、鎌倉殿に斬り落とされ給ふと見へつるが、召されて候ひし御馬の放れて候ひつる。いかさま討たれさせ給ひてや候らん」と申しければ、兄の伊賀の守流るる涙を汗と共に押しのごひて言ひけるは、「ただ二人ににん影の如く随ふて、死なば共にと思ひつる弟を、目の前にて討たれ、その死骸いづくにありとも見えず、さてあると言ふ事やあるべき」とて、斬り散らされたる母衣ほろ結び継いで鎧り直し、をめひてぞ駆け入りける。




敵(芳賀高貞たかさだ高家たかいへ)が鬨の声を三度作って多少擬議([躊躇])するところに、天も落ち地も裂けるかと思えるばかりに、ただ一声鬨を作ると軍は左右にさっと分かれました。芳賀の八百余騎を東西より囲み込んで、弓手([左手])から押しては馬手([右手])に退け、斬っては落とされ、押しては引いて半時ばかり戦い、両陣互いに地を替え、南北に分かれてその後を返り見れば、原野は血に染まり草は緑を血の色に変え、人馬は汗を流して、堀兼の池([堀兼の井]=[武蔵野の名所として知られた井戸。現埼玉県狭山市])も血となりました。左馬頭(足利基氏もとうぢ)は芳賀の元の陣に取り上がり、芳賀は左馬頭のはじの陣に打ち上がっつて、ともにその兵を見れば、討たれたる者百余人、疵を負う者は数知れませんでいた。「さて主な者どもの中に、誰か討たれた者はいるか」と訊ねるところに、「駿河守殿(芳賀高家)が、鎌倉殿(基氏)に斬り落とされたように見えましたが、乗っておられた馬が放れております。おそらく討たれたのではないかと」と申したので、兄の伊賀守(高貞)は流れる涙を汗とともに押し拭い、「ただ二人の兄弟影のように離れず、死なばともにと思っておった弟を、目の前で討たれ、その死骸どこにあるとも見えず、申す言葉もない」と言って、斬り散らされた母衣([戦場における甲冑着用の際に、縦に縫い合わせた長い布を背中につけたもの])結び継いで鎧を上げ直すと、喚きながら敵陣に駆け入りました。


続く


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by santalab | 2016-02-06 09:00 | 太平記 | Comments(0)

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