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「太平記」芳賀兵衛入道軍事(その5)

鎌倉殿方にも、軍兵七十しちじふ余人討たれたるのみならず、木戸兵庫ひやうごの助、両方引き分かれつる時、近付く敵に引つ組みて、落ち重なる敵に討たれければ、これを聞き給ひて、鎌倉殿御眼おんまなこ血を溶きたる如くになつてのたまひけるは、「この合戦に必ず死なば諸共に死し、生きば同じく生きんと、深く契りし事なれば、命をしむべきにあらず」とて、如編木子びんざさら叩きなしたる太刀の歯本はもとを小刀にてけづなほし、打ち振つて懸け足を出だし給へば、左右のつはものども三千余騎、大将の先に馳せ抜けて、一度にさつと懸かり逢ひ、追ひまはし懸け違へ、をめき叫んで戦ふ声、さしも広き武蔵野に余るばかりぞ聞こへける。大将左馬のかみ、余りに手繁く駆け立て駆け立て戦ひけるほどに、乗り給へる馬の三頭さんづ平頚ひらくび三太刀斬られて、犬居いぬゐにどうとぞ臥したりける。これを大将と見知りたる敵多かりければ、駆け寄せ駆け寄せ兜を打ち落とさんと、後ろより廻る者あり、飛び下り飛び下り徒立かちだちになり、太刀を打ち背けて組み討ちにせんと、左右より懸かる敵あり。




鎌倉殿足利(足利基氏もとうぢ。足利尊氏の四男)方でも、軍兵七十余人討たれたのみならず、木戸兵庫助が、両方引き分かれる時、近付く敵と引っ組んで、落ち重なる敵に討たれたので、これを聞いて、鎌倉殿(基氏)は目を真っ赤にして申すには、「この合戦に必ず死なば共に死し、生き残らば同じく生きようと、深く契ったのだ、どうして命が惜しかろうや」と申して、編木子([民俗芸能の楽器の一])を叩き曲げたよう(弓形)になった太刀の刃元([刃物の柄に近いもとの方])を小刀で叩き直して、打ち振って馬を駆け出したので、左右の兵ども三千余騎も、大将の先を馳せ抜けて、一度にさっと敵に懸かると、追い回し駆け違え、喚き叫んで戦う声は、広い武蔵野にあまるほどでした。大将左馬頭(基氏)が、あまりに激しく駆け立てて戦ったので、乗っていた馬の三頭([馬の尻の方の骨が盛り上がって高くなった所])・平首([馬の首の、両側の平らな所])を三太刀斬られて、犬居([尻もち])になって倒れました。これを大将と見知った敵は多くいたので、駆け寄せ駆け寄せ兜を打ち落とそうと、後ろより廻る者もあり、馬から飛び下て徒立ちになり、太刀を振り上げて組んで討とうと、左右より懸かる敵もいました。


続く


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by santalab | 2016-02-06 09:12 | 太平記 | Comments(0)

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