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「太平記」芳賀兵衛入道軍事(その9)

さて芳賀八郎はちらうは生け捕られたりけれども、幼稚の上垂れ髪なりければ、いくさ散じて後に、人を付けて帰されけるとかや。いうにやさしとぞ申しける。去るほどに芳賀が八百余騎の兵、昨日は二日路ふつかぢを一夜に打ちしかば馬皆疲れぬ。今日はまた入れ替はる勢もなくて終日ひねもす戦ひ暮らしければ、兵息を継ぎ敢へず。所存今はこれまでとや思ひけん、日すでに夕陽せきやうになりければ、討ち残されたる兵わづかに三百余騎を助けて、宇都宮へぞかへりける。これを見て今まで戦を外に見て、勝方に付かんと伺ひつる白旗一揆しらはたいつきつひえに乗つて疲れを攻めて、いづくまでも追つ詰めて打ち止めんと、高名がほに追うたりける。これのみならず芳賀が勢打ち負けて引くと聞こへしかば、後れ馳せに御陣へ参りけるつはものども、橋を引き、路を塞いで落とさじとしけるほどに、道にても百余騎討たれけり。からき命を助かりて、故郷にかへりける者も、大略皆髪を切り遁世して、なきが如くになりにけり。軍散じければ、やがて宇都宮を退治たいぢせらるべしとて、左馬のかみ八十万騎はちじふまんぎの勢にて先づ小山をやまたちへ打ち越え給ふ。懸かるところに、宇都宮急ぎ参じて申しけるは、「禅可がこの間の振る舞ひ、まつたく我同意したる事候はず。主従向背きやうはい自科じくわ遁れ難かるに依つて、その身すでに逐電ちくてん仕りぬる上は、御勢を向かはれるまでも候ふまじ」と申しければ、左馬の頭も深きおもんばかりやをはしけん、翌日やがて鎌倉へ打ちかへり給ひにけり。されば「君無諌臣則君失其国矣、父無諌子則父亡其家矣」と言へり。禅可たとひ老いひがみてかかる悪行をくはたつとも、子どももし義を知つて制し止むる事あらば、あに若干そこばくの一族どもを討たせて、諸人に嘲哢されんや。無思慮禅可が合戦ゆゑに、鎌倉殿の威勢いよいよ重くなりしかば、大名一揆の嗷儀がうぎども、これよりちと止みにけり。




芳賀八郎は生け捕られましたが、幼稚の上に垂れ髪([打ち垂れ髪]=[小児の普通の髪形])でしたので、軍が終わった後、人を付けて帰されたそうです。情けがあることよと人は申しました。やがて芳賀(芳賀高貞たかさだ)の八百余騎の兵は、昨日は二日路を一夜で駆けて馬は皆疲れていました。今日はまた入れ替わる勢もなく一日戦ったので、兵は息を継ぐ隙もありませんでした。今はこれまでと思ったのか、日もすでに夕陽になったので、討ち残された兵わずかに三百余騎を連れて、宇都宮に帰って行きました。これを見て今まで戦を外に見て、勝つ方に付こうと窺っていた白旗一揆([武蔵国と上野国の国人一揆=武士集団])は、疲れた兵どもを攻めて、どこまでも追い詰めて討とうと、高名顔で追い駆けました。こればかりでなく芳賀の勢が打ち負けて引くと聞こえたので、後れて陣に参るところの兵どもは、橋を引き、路を塞いで落とすまいとしたので、道中でも百余騎が討たれました。やっとのことで命を助かり、故郷に帰った者も、ほとんど皆髪を切り遁世して、いないが如くになりました。軍が終わると、たちまち宇都宮(宇都宮氏綱うぢつな)を退治すべしと、左馬頭(足利基氏もとうぢ。足利尊氏の四男)は八十万騎の勢でまず、小山館(現栃木県小山市)を打ち越えました(芳賀高名は宇都宮氏の家臣でした)。そうこうするところに、宇都宮(氏綱)が急ぎ参じて申すには、「禅可(芳賀高名たかな)のこの度の振る舞いですが、まったくもって同意したことはございません。主従に背く自科([自分の犯した咎])は遁れ難く、すでに逐電([すばやく逃げて行方をくらますこと])した以上、勢を向かわれるまでもございません」と申したので、左馬頭(基氏)も深い情けがあったか、翌日やがて鎌倉に帰りました。なれば「君を諫める臣なくばすなわち君は国を失い、父を諫める子なくばすなわち父が家を亡ぼす」と言います。禅可(高名)がたとえ老いの僻みでこのような悪行を企てたとしても、子どもが義を知ってこれを制し止めることがあったなら、どうして多少の一族どもを討たせて、諸人に嘲哢されることがあったでしょう。思慮なく禅可が合戦を致したために、鎌倉殿(基氏)の威勢はますます重くなって、大名一揆の嗷儀([人数が、勢いを頼みにして無理を主張すること])は、これよりしばらくありませんでした。


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by santalab | 2016-02-06 20:54 | 太平記 | Comments(0)

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