Santa Lab's Blog


「太平記」九州探題下向事付李将軍陣中禁女事(その2)

磯に立ち並んでこれを見物しける者どもの中に、ちと小賢こざかしげなる遁世者とんせいしやのありけるが、かたへの人々に向かつて申しけるは、「筑紫九箇国の大敵を亡さんとて、討つ手の大将をうけたまはるほどの人の、これほど物を知らでは、何としてか大功を成さるべき。それ大敵に向かつて陣を張り、戦を決せんとする時、兵気ひやうきと云ふ事あり。この兵気敵の上におほうて立つ時は、戦必ず勝つ事を得、もし陣中に女多く交はつてある時は、陰気陽気を消すゆゑに、兵気かつて不立上。兵気立たざれば、たとひ大勢なりといへども、戦ひに勝つ事を不得いへり。されば昔覇陵はりようの李将軍と云ひける大将、敵国に赴いて陣を張りたむろを調へて、単于ぜんうと戦を決せんとしけるに、敵僅かに三万余騎、御方はこれに十倍せり。兵気定めて敵の上に覆ふらんと思ひて、李将軍先づ高き山の上に打ち上がり、両方の陣を見るに、御方の陣に上がらんとする兵気、陰の気に押されて、立たんとすれども不立得。李将軍つらつらこれを案ずるに、いかさまこれは我方の陣に女交はつて、隠れ居たればこそ、かやうにはあるらんとすゐして陣中を探すに、果たして陣中に女隠れて三千余人交はり居たり。さればこそこのゆゑに兵気は不上けりとて、ことごとくこの女を捕へて、あるひは水にしづめあるひは追ひ失ひて、後また高き山に打ち上がつて、御方の陣を見るに、兵気盛りに立て敵の上に覆へり。




磯に立ち並んでこれを見物していた者たちの中に、少々智恵のありそうな遁世者がいましたが、近くの人々に向かって申すには、「筑紫九箇国の大敵を亡せと、討手の大将を命じられるほどの人が、これほど智恵がないようでは、どうして大功をなすことができよう。大敵に向かって陣を張り、戦を決せんとする時には、兵気([兵士の意気。士気])を大事にせねばならぬと申す。この兵気が敵の上に覆い立つ時は、戦は必ず勝ち、もし陣中に女が多く交わっておる時は、陰気が陽気を消すために、兵気は立たぬものよ。兵気立つことなければ、たとえ大勢といえども、戦いに勝つことはできぬ。なれば昔覇陵(前漢第五代文帝。覇陵は漢文帝の陵墓)の臣下に李将軍と呼ばれた大将がいた、敵国に赴いて陣を張り旅([軍隊])を調えて、単于(匈奴の君主の称号)と戦を決しようとしておったが、敵はわずかに三万騎余り、味方は敵の十倍いたそうだ。兵気は定めて敵の上に覆うだろうと思って、李将軍はまず高い山の上に打ち上がり、両方の陣を見ると、御方の陣に上がろうとする兵気は、陰気に押されて、立つ勢いがありながら立たなかったという。李将軍はどういうことかと案じて、きっとこれは味方の陣に女が交わって、隠れているために、こういうことが起こっているのだろうと考えて陣中を探すと、結局陣中に三千人余りの女が隠れていた。そういう訳で兵気が上がらないのだと、一人残らず女を捕らえて、ある者は水に沈めある者は追いかけて殺した、後にまた高い山に上がって、味方の陣を見れば、兵気が盛りに立ち敵の上を覆ったというぞ。


続く


[PR]
by santalab | 2016-02-07 14:07 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」九州探題下向事付李将...      「太平記」九州探題下向事付李将... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧