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「太平記」菊池大友軍の事(その2)

同じき二十七日にじふしちにちに菊池彦次郎ひこじらう五千余騎を二手に作り長者原ちやうじやがはらへ押し寄せて戦ひけるに、岩野・鹿子木将監かのこぎしやうげん下田帯刀しもだたてはき以下、宗との勇士三百余騎討たれて、その日の大将菊池彦次郎、三所まで疵をかうむりければ、宮方の軍勢すでに二十にじふ余町よちやう引き退く。すはや打ち負けぬと見へけるところに、じやう越前ゑちぜんかみ五百余騎、入れ替へて戦ひけるに、小弐せうに筑後の次郎・同じき新左衛門しんざゑもんじよう二人ににんともに一所にて討たれぬ。その外松浦まつら・宗像大宮司が一族・若党わかたう四百余人討たれにければ、探題・小弐・大友おほとも二度目の軍に打ち負けて、皆散り散りに成りにけり。菊池すでに手合ひの軍に打ち勝ちしかば、探題の勇威ゆうゐも恐るるに不足とあなどつて、菊池肥後の守武光新手あらての兵三千余騎を卒して、舎弟彦次郎が勢に馳せ加へて、豊後の府へ発向す。




同じ九月二十七日に菊池彦次郎(菊池武義たけよし?)は五千騎余りを二手に分け長者原(現大分県玖珠くす郡九重町)へ押し寄せて戦いましたが、岩野・鹿子木将監・下田帯刀以下、主な勇士三百騎余りが討たれて、その日大将菊池彦次郎も、三箇所の傷を負って、宮方(南朝)の軍勢は二十町余り(約2km)引き退きました。あわや打ち負けると見えるところに、城越前守が五百騎余りで駆け付け、入れ替わり戦うと、小弐筑後次郎・新左衛門尉は、二人ともに一所で討たれました。そのほか松浦党・宗像大宮司の一族・若党([若い侍])四百人余りが討たれて、九州探題(斯波しば氏経うぢつね)・小弐(少弐頼尚よりひさ)・大友(大友氏時うぢとき)は二度目の戦に打ち負けて、皆散り散りになりました。菊池(菊池武光たけみつ)は手合わせの戦に打ち勝って、九州探題(斯波氏経)の勇威など恐れるに足らぬと侮って、菊池肥後守武光は新手の兵三千騎余りを引き連れて、弟彦次郎の勢に馳せ加わって、豊後府(現大分県大分市?)に向かいました。


続く


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by santalab | 2016-02-07 15:41 | 太平記 | Comments(0)

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