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「太平記」畠山兄弟修禅寺城楯篭事付遊佐入道事(その3)

命ほど惜しむべきものはなかりけり。この人つひには御免あつて、越前の守護に補され、国の成敗穏やかにて土民を安んぜしかば、わにの淵を去り、くわうさかひを出づるばかりなり。遊佐ゆさ入道性阿せいあは、主の落ちらるよそほひをやがて知りたりけれども、しばらく人に相知らひて、主をいづくへも落ち延びさせん為に少しも騒ぎたる気色を見せず、碁・双六・十服茶など飲みて、さりげなき体にて笑ひたはぶれて居たりければ、郎従どもも外様の人も、思し寄るべき様なかりけれども、つひに隠るべき事ならねば、畠山兄弟落ちたりと沙汰するほどこそありけれ。やがて討つ手を向かはすと聞こへければ、遊佐入道は禅僧の衣を着て、ただ一人京を心ざしてぞ落ち行きける。とかくして湯本ゆのもとまで落ちたりけるが、行き合ふ人に口脇くちわきなる疵を隠さん為に、袖にて口覆くちおほひして過ぎけるを見る人中々怪しめて、帽子を脱がせ袖を引き退けける間、口脇の疵隠れなくあらはれて遁るるべき様なかりければ、宿屋の中門にわしり上がりて、みづから喉笛掻き放ち返す刀に腹切つて、袈裟引きかづきて死ににけり。江戸修理しゆりすけ竜口たつのくちにて生け捕られて斬られぬ。その外ここに隠れ、かしこに落ち行きける郎従ども六十余人、あるひは捜し出だされて斬られ、あるひは追ひ懸けられて腹を切る。目も当てられぬ有様なり。




命ほど惜しく思うものはありません。この人(畠山義深よしふか)は遂に赦されて、越前守護に任じられ、国の成敗([政治])も安定し土民も安心でしたので、鰐(サメ)の淵を去って、蝗([蝗首いなごくび]=[首])の境涯を出たようなものでした。遊佐入道性阿(遊佐性阿)は、主が落ちたらしいことをやがて知りましたが、しばらくは人と会って、主をどこへでも落ち延びさせようと少しも驚く表情を見せず、碁・双六・十服茶([貢茶こうちや]=[茶の味を当てる一種の遊び])を飲んで、さりげなく笑い遊び戯れていたので、郎従([家来])も外様の者も、まったく気付きませんでしたが、遂に隠れることはできず、畠山兄弟(畠山国清くにきよ義深よしふか)が逃げたと噂になりました。すぐに討つ手を向かわすと聞こえたので、遊佐入道(性阿)は禅僧の衣を着て、ただ一人京を目指して落ち行きました。なんとか湯本(現神奈川県足柄下郡箱根町湯本)まで逃げ延びましたが、行き合う人に口元の疵を隠すために、袖で口を覆いながら通り過ぎるのを見る人が怪しんで、帽子を脱がせ袖を引き退けると、口元の疵が隠れなく顕れて逃れることもできなくて、宿屋の中門に走り上がって、自ら喉元を掻き切り返す刀で腹を切って、袈裟を引き被って死にました。江戸修理亮は竜口(現神奈川県藤沢市)で生け捕られて斬られました。そのほかここに隠れ、かしこに逃げた郎従たち六十人余りは、ある者は捜し出されて斬られ、ある者は追いかけられて腹を切りました。目も当てられない有様でした。


続く


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by santalab | 2016-02-07 20:43 | 太平記 | Comments(0)

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