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「太平記」将軍都落事付薬師丸帰京事(その2)

あまりにあらまほしさに、ここに面影の似たりける首を二つ獄門の木に懸けて、新田左兵衛さひやうゑかみ義貞よしさだ・楠木河内かはち判官はうぐわん正成まさしげと書き付けをせられたりけるを、如何なる憎相にくさうの者かしたりけん、その札のそばに、「これは似た首なり。まさしげにも書きける空言かな」と、秀句しうくをしてぞ書き添へて見せたりける。また同じき日の夜半ばかりに、楠木判官下部しもべどもに松明を二三千とぼし連れさせて、大原をはら・鞍馬の方へぞ下しける。京中きやうぢゆうの勢どもこれを見て、「すはや山門の敵どもこそ、大将を討たれて、今夜方々はうばうへ落ち行くげに候へ」とまうしければ、将軍もげにもとや思ひ給ひけん。「さらば落とさぬやうに、方々へ勢を差し向けよ」とて、鞍馬路くらまぢへは三千余騎、大原口をはらぐちへ五千余騎、勢多へ一万余騎、宇治へ三千余騎、嵯峨・仁和寺にんわじの方まで、洩らさぬ様に固めよとて、千騎せんぎ・二千騎差し分けて、勢を置かれぬ方もなかりけり。さてこそ京中きやうぢゆう大勢おほぜい大半減じて、残る兵もいたづらに用心するはなかりけれ。




そこで仕方なく、面影の似た首を二つ獄門の木に懸けて、新田左兵衛督義貞(新田義貞)・楠木河内判官正成(楠木正成)と書き付けましたが、如何なる憎相([憎らしい者])の者が書いたのか、その札の側に、「これは似た首である。まことしやかに書いた嘘」と、秀句([名句])を書き添えました。また同じ日の夜半ばかりに、楠木判官(正成)は下部どもに松明を二三千灯し連れさせて、大原・鞍馬(現京都市左京区)の方へ下しました。京中の勢どもはこれを見て、「あれを見ろ山門の敵どもが、大将を討たれて、今夜方々に落ちて行くぞ」と申しらので、将軍(足利尊氏)もそうだと思ったか。「ならば落とさぬように、方々へ勢を差し向けよ」と申して、鞍馬路へは三千余騎、大原口(現京都市上京区)へ五千余騎、勢多(現滋賀県大津市瀬田)へ一万余騎、宇治(現京都府宇治市)へ三千余騎、嵯峨(現京都市右京区)・仁和寺(現京都市右京区)の方まで、洩らさぬように固めよと、千騎・二千騎差し分けて、勢を置かれぬ方はあるませんでしした。こうして京中の大勢の大半が減じて、残る兵も用心することはありませんでした。


続く


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by santalab | 2016-02-08 18:41 | 太平記 | Comments(0)

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