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「太平記」正成兄弟討死事(その4)

菊池七郎しちらう武朝たけともは、兄の肥前のかみが使ひにて須磨口の合戦のていを見に来たりけるが、正成が腹を切る所へ行き合ひて、をめをめしく見捨ててはいかが帰るべきと思ひけるにや、同じく自害をしてほのほの中に臥しにけり。そもそも元弘よりこの方、かたじけなくもこの君に頼まれまゐらせて、忠を致し功に誇る者幾千万ぞや。しかれどもこの乱また出で来て後、仁を知らぬ者は朝恩を捨てて敵にしよくし、勇みなき者は賎しくも死をまぬかれんとて刑戮けいりくに遭ひ、智なき者は時の変を弁ぜずして道にたがふ事のみありしに、智仁勇の三徳を兼ねて、死を善道ぜんだうに守るは、いにしへより今に至るまで、正成ほどの者はいまだなかりつるに、兄弟ともに自害しけるこそ、聖主再び国を失ひて、逆臣ぎやくしんよこしまに威を振ふべき、その前表ぜんべうしるしなれ。




菊池七郎武朝(菊池武吉たけよし)は、兄である肥前守(菊池武澄たけずみ)の使いで須磨口の合戦の様子を見ていましたが、正成(楠木正成)が腹を切るところに遭遇して、おめおめと見捨てて帰ることはできないと思ったか、同じく自害して炎の中に臥しました。そもそも元弘よりこの方、かたじけなくもこの君(第九十六代後醍醐天皇)に頼まれて、忠を致し功に誇る者は幾千万もおりました。けれどもこの乱がまた起こった後、仁を知らぬ者は朝恩を捨てて敵に属し、勇みなき者は賎しくも死を免れようとして刑戮([死刑に処すること])に遭い、智恵なき者は時の変に気付くことなく道を外す者が多くいましたが、智仁勇の三徳を兼ね備えて、死をもって善道を守る者は、古より今にいたるまで、正成を置いてほかにありませんでした、兄弟ともに自害したことは、聖主が再び国を失い、逆臣が不条理に威を振るう前表([前兆])でした。


続く


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by santalab | 2016-02-09 02:16 | 太平記 | Comments(0)

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