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「太平記」細川相摸守討死事付西長尾軍事(その4)

七月二十三日の朝、右馬の頭帷帳ゐちやうの中より出でて、新開しんがい遠江とほたふみかみ真行さねゆきを近付けてのたまひけるは、「当国両陣のていを見るに、敵軍は日々に増さり、御方は漸々ぜんぜんに減ず。かくてなほ数日すじつを送らば、合戦難儀に及びぬと思ゆる。これによつて事をはかるに宮方の大将に、中院なかのゐんの源少将と言ふ人、西長尾にしながをと言ふ所に城を構へてをはすなる。この勢を差し向けて攻むべきいきほひを見せば、相摸の守定めて勢を差し分けて城へ入るべし。その時御方の勢じやうを攻めんずるていにて、向かひ城を取つて、夜に入らばかがりを多く焚き捨てて異道ことみちより馳せ帰り、やがて相摸の守が城へ押し寄せ、頼之よりゆき搦め手に廻りて先づ小勢を出だし、敵を欺くほどならば、相摸の守たとひ一騎なりとも駆け出でて、戦はずと言ふ事あるべからず。これ一挙に大敵を亡ぼすはかりことなるべし」とて、新開しんがい遠江とほたふみかみに、四国・中国の兵五百余騎を相添へ、路次ろしの在家に火を懸けて、西長尾へ向けられける。




七月二十三日の朝、右馬頭(細川頼之よりゆき)は帷帳([本陣])の内より出て、新開遠江守真行(新開真行)を近付けて申すには、「当国の両陣の体を見るに、敵軍は日々に増さり、味方は次第に減っておる。このまま数日を送れば、合戦は難儀に及ぶと思える。これを鑑みれば宮方の大将に、中院源少将と言う人が、西長尾(現香川県丸亀市綾歌町)と言う所に城を構えておられる。この勢を差し向けて攻める勢いを見せれば、相摸守(細川清氏きようぢ)はきっと勢を差し分けて城へ入るであろう。その時味方の勢が城を攻めると見せかけて、向かい城を取って、夜になれば篝火を多く焚き捨てて異道より馳せ帰り、たちまち相摸守(清氏)の城へ押し寄せ、この頼之は搦め手([城の裏門や敵陣の後ろ側を攻める軍勢])に廻ってまず小勢を出し、敵を欺けば、相摸守(清氏)はたとえ一騎であろうとも駆け出て、戦わぬことがあろうや。これが一挙に大敵を亡ぼす謀となろう」と申して、新開遠江守(真行)に、四国・中国の兵五百余騎を相添え、路次の在家に火を懸けて、西長尾へ向かわせました。


続く


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by santalab | 2016-02-11 08:18 | 太平記 | Comments(0)

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