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「太平記」細川相摸守討死事付西長尾軍事(その7)

相摸のかみは鞍の前輪まへわに引き付けて、捻ぢ首にせられける野木やぎ備前の次郎・柿原孫四郎まごしらう二人ににんが首を、太刀の切つ先に貫いて差し上げ、「唐土たうど・天竺・鬼海きかい太元たいげんの事は国遠ければいまだ知らず、我がてう秋津島の中に生まれて、清氏きようぢに勝る手柄の者ありとは、誰もやは言ふ。敵も他人にあらず、きたなく軍して笑はるな」とはぢしめて、ただ一騎なほ大勢の中へ駆け入り給ふ。あくまで馬強なる打ち物の達者が、逃ぐる敵を追ひ立て追ひ立て斬つて落とせば、その切つ先に廻る者、あるひは馬と共に尻居しりゐに打ち据ゑられ、あるひは兜の鉢を胸板まで破り付けられ、深泥しんでい死骸に地を変へたり。ここに備中の国の住人ぢゆうにん真壁孫四郎まごしらうと備前の国の住人ぢゆうにん伊賀掃部かもんの助と、二騎田の中なる細道をしづしづと引きけるを、相摸の守追ひ付きて斬らんと、諸鐙もろあぶみを合はせて攻められけるところに、陶山が中間そばなる溝に下り立つて、相摸の守の乗り給へる鬼鹿毛おにかげと言ふ馬の、草脇くさわきをぞ突いたりける。この馬さしもの駿足なりけれども、時の運にや曳かれけん一足も更に動かず、すくみて地にぞ立つたりける。相摸の守は近付いて、敵の馬を奪はんと、手負うたるていにて馬手めてに下り立ち、太刀をさかさまに突いて立たれたりけるを、真壁また馳せ寄せ、一太刀打ち当てたふさんとするところに、相摸の守走り寄つて、真壁を馬より引き落とし、捻ぢ首にやする、人礫ひとつぶてにや打つと思案したる様にて、ちうに差し上げてぞ立たれたる。




相摸守(細川清氏きようぢ)は鞍の前輪に引き付けて、捻じ首にした野木備前次郎・柿原孫四郎二人の首を、太刀の切っ先に貫いて差し上げ、「唐土([中国])・天竺([インド])・鬼海(南西諸島)・大元(モンゴル)のことは国遠ければいまだ知らず、我が朝秋津島([日本])の中に生まれて、清氏に勝る手柄の者ありと、誰が申しましょう。敵も他人ではありませんでしたので、卑怯な軍をして笑われるな」と戒めて、ただ一騎でなおも大勢の中へ駆け入りました。あくまで強馬強の打ち物([太刀])の達者が、逃げる敵を追い立て追い立て斬って落としたので、その切っ先に廻る者は、あるいは馬とともに尻居に打ち倒され、あるいは兜の鉢を胸板まで破られて、深泥は死骸で埋まりました。ここに備中国の住人で真壁孫四郎と備前国の住人伊賀掃部助は、二騎で田中の細道を静かに引いていましたが、相摸守(清氏)は追い付いて斬ろうと、諸鐙を合わせて攻めるところに、陶山の中間が傍らの溝に下り立ち、相摸守が乗った鬼鹿毛と言う馬の、草脇([馬や鹿など の獣の胸先の部分])を突きました。この馬は大した駿足でしたが、時の運に引かれたか一足も動かず、立ちすくみました。相摸守(清氏)は近付いて、敵の馬を奪おうと、手負いの振りをして馬手([右])に下り立ち、太刀をさかさまに突いて立ちました、真壁もまた馳せ寄せ、一太刀打ち当て倒そうとするところに、相摸守は走り寄って、真壁を馬から引き落とし、捻じ首にしようか、人礫てにして投げようかと思案するように見えて、宙に差し上げたまま立っていました。


続く


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by santalab | 2016-02-11 18:41 | 太平記 | Comments(0)

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