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「太平記」細川相摸守討死事付西長尾軍事(その9)

西長尾のじやうに向けられたりつる左馬の助、二十四日の夜明けて後、新開しんかいが引き帰したるを見て、「これはいかさま相摸殿御陣の勢を外へ分けさせて、差し違ふて城へ寄せんとたばかりけるを。軍今は定めて始まりぬらん。馳せ返つて戦へ」とて、諸鐙もろあぶみに鞭を添へて、千里を一足にと馳せ返り給へば、新開道に待ち受けて、難所に引き懸けて平野ひらのに開き合はせ、入れ替へ入れ替へ戦ひたり。互ひに討ちつ討たれつ、東西に地を変へ、南北に逢うつ別れつ、二時ばかり戦つて、新開つひに駆け負けければ、左馬の助・掃部かもんの助兄弟、勝ち鬨三声みこゑ上げさせて、気色ばうたる体ていにて、白峯しらみねじやうへ帰り給ふ。




西長尾城に向かった左馬助(細川頼和よりかず。清氏の弟)は、二十四日の夜が明けて後、新開(新開真行まさゆき)が引き返したのを見て、「これはきっと相摸殿(細川清氏きようぢ)の陣の勢を外へ分けさせて、差し違い城へ寄せようと謀ったのだろう。軍はもう始まっておろう。馳せ返って戦へ」と申して、諸鐙を合わせ([馬を速く駆けさせるために、左右の鐙で同時に馬の腹を打つこと])鞭を添えて、千里を一足にと馳せ帰ると、新開は道に待ち受けて、難所に引き入れ平野に開き合わせ、入れ替え入れ替え戦いました。互いに討ちつ討たれつ、東西に地を変え、南北に遭っては別れ、二時ばかり戦うと、新開は遂に駆け負けて、左馬助(細川頼和)・掃部助(細川師氏もろうぢ。清氏の叔父)兄弟は、勝ち鬨を三度上げて、得意顔で、白峯城(現香川県坂出市)に帰りました。


続く


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by santalab | 2016-02-11 20:47 | 太平記 | Comments(0)

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