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「太平記」新田左兵衛佐義興自害事(その13)

その後ろ身をそばめ、ただ二三人武蔵・上野の間に隠れありき給ひし時、宇都宮の清党せいのたうが、三百余騎にて取り籠めたりしも討たれ得ず。その振る舞ひあたかも天をけり地をくぐる術ありと、怪しきほどの勇者ようしやなりしかば、鎌倉の左馬のかみ殿も、京都の宰相さいしやう中将ちゆうじやうも、安き心地をばせざりつるに、運命きはまりて短才庸愚たんさいようぐの者どもにたばかられ、水に溺れて討たれ給ふ。懸かりしほどに江戸・竹沢が忠功抜群なりとて、すなはち数箇所すかしよの恩賞をぞ行なはれける。「あはれ弓矢の面目かな」とこれを羨む人もあり、また、「きたなき男の振る舞ひかな」と爪弾きをする人もあり。竹沢をばなほも謀反与同よとうの者どもを委細ゐさいに尋ねらるべしとて、御陣に留め置かれ、江戸二人ににんにはいとまびて恩賞の地へぞ下されける。江戸遠江とほたふみかみ喜悦の眉を開きて、すなはち拝領の地へ下向しけるが、十月二十三日の暮れほどに、矢口の渡りに下りて渡しの舟を待ち居たるに、兵衛ひやうゑすけ殿を渡し奉りし時、江戸が語らひを得て、のみを抜いて舟をしづめたりし渡し守が、江戸が恩賞賜はつて下ると聞きて、種々の酒さかなを用意して、迎ひの舟をぞ漕ぎ出だしける。




その身を隠し、ただ二三人で武蔵・上野に隠れていた時、宇都宮清党(宇都宮氏一族。芳賀氏)が、三百余騎で取り籠めましたが討たれませんでした。その振る舞いはあたかも天を翔けり地に潜る術を知っているかと思えるほど、不思議な力を持つ勇者でしたので、鎌倉左馬頭殿(足利基氏もとうぢ。足利尊氏の四男)も、京都の宰相中将(足利義詮よしあきら。足利尊氏の嫡男、室町幕府第二代将軍)も、心安く思っていませんでしたが、運命窮まり短才庸愚([才能に乏しく平凡で愚かなこと])の者どもに騙されて、義興(新田義興よしおき。新田義貞の次男)は水に溺れて討たれました。やがて江戸・竹沢の忠功抜群なりと、たちまち数箇所の恩賞が与えられました。「なんという弓矢の面目よ」とこれを羨む人もあり、また、「卑怯者の振る舞いよ」と爪弾きをする人もありました。竹沢はなおも謀反与同の者どもとして詳しく尋問するべしと、陣に留め置かれ、江戸二人には暇を与えて恩賞の地へ下しました。江戸遠江守(江戸長門ながかど?)は喜悦の眉を開いて、たちまち拝領の地に下りましたが、十月二十三日の暮れほどに、矢口の渡り(現東京都大田区矢口)で渡し舟を待つところに、兵衛佐殿(新田義興)を渡す時、江戸の語らいにより、鑿を抜いて舟を沈めた渡し守は、江戸が恩賞を賜わって下ると聞いて、種々の酒肴を用意して、迎えの舟を出しました。


続く


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by santalab | 2016-02-12 17:59 | 太平記 | Comments(0)

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