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「太平記」長崎高重最期合戦の事(その4)

されども長崎次郎は未だ被討、主従ただ八騎に成つて戦ひけるが、なほも義貞に組まんと伺うて近付く敵を打ち払ひ、ややもすれば差し違へて、義貞兄弟を目に懸けてまはりけるを、武蔵国の住人ぢゆうにん横山の太郎重真しげざね、押し隔ててこれに組まんと、馬を進めて相近付あひちかづく。長崎もよき敵ならば、組まんと懸け合つてこれを見るに、横山の太郎重真なり。さては遭はぬ敵ぞと思ひければ、重真を弓手ゆんで相受あひうけ、兜の鉢を菱縫ひの板までり付けたりければ、重真二つに成つて失せにけり。馬も尻居しりゐに被打居て、小膝をつてどうど伏す。同じき国の住人ぢゆうにんしやうの三郎為久ためひさこれを見て、よき敵なりと思ひければ、続いてこれに組まんとす。大手をはだけて馳け懸かる。長崎遥かに見て、からからと打ち笑うて、「たうの者どもに可組ば、横山をも何かは可嫌。逢はぬ敵を失ふ様、いでいで己に知らせん」とて、為久が鎧の揚巻あげまき掴んでちゆうに引つ提げ、弓杖ゆんづゑ五杖いつつゑ計り安々と投げ渡す。その人飛礫ひとつぶてに当たりける武者二人ににん、馬よりさかさまに被打落て、血を吐いて空しく成りにけり。




けれども長崎次郎(長崎高重たかしげ)はまだ討たれず、主従ただ八騎になって戦っていました、なおも義貞(新田義貞)に組もうと隙を窺い近付く敵を打ち払い、ともすれば刺し違えようと、義貞(新田義貞・脇屋義助よしすけ)兄弟を目に懸けて駆け回りました、武蔵国の住人横山太郎重真(横山重真)は、高重を義貞から遠ざけて組もうと、馬を進めて近付きました。長崎(高重)もよい敵ならば、組もうと駆け合ってこれを見れば、横山太郎重真でした。ならば相手にならぬ敵と思い、重真を弓手([左手])で受けると、兜の鉢を菱縫の板([兜のしころの最も下の板])まで打ち割って、重真は二つになって失せました。馬も尻餅をついて、膝を折って倒れました。同じ武蔵国の住人庄三郎為久(庄為久)はこれを見て、望むところの敵と思い、続いて高重と組もうとしました。為久は大手を広げて馳せ懸かりました。長崎(高重)は遥かにこれを見て、からからと打ち笑い、「党の者どもに組むつもりならば、横山を嫌うはずはなかろう。つまらぬ敵はこうして倒すのだ、お主に見せてやろう」と申して、為久の鎧の揚巻([ 鎧の背の逆板さかいたに打ちつけた環に通して揚巻結びをした飾り紐])を掴むと宙に引っ提げ、弓杖五杖(弓丈は約2.27mなので11.35m)ばかり安々と投げ飛ばしました。その人礫に当たった武者二人は、馬からさかさまに打ち落とされて、血を吐いて死にました。


続く


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by santalab | 2016-02-13 09:03 | 太平記 | Comments(0)

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