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「太平記」新田左兵衛佐義興自害事(その15)

有為うゐ無常の世の習ひ、明日を知らぬ命の中に、わづかの欲に耽けり情けなき事どもを巧み出だし振る舞ひし事、月を隔てず因果歴然いんぐわれきぜんたちまちに身に付きぬる事、これまた未来永劫みらいやうごふ業障ごふしやうなり。その家に生まれて箕裘ききうを継ぎ弓矢を取るは、世俗のはふなれば力なし。努々ゆめゆめ人はかやうの思ひの外なる事を好み振る舞ふ事あるべからず。またその明けの夜の夢に、畠山大夫入道にふだう殿の見給ひけるは、黒雲の上に大鼓を打つて鬨を作る声しける間、何者の寄せ来たるやらんと怪しくて、音する方を遥かに見遣りたるに、新田左兵衛さひやうゑすけ義興よしおき、丈二丈にぢやうばかりなる鬼になりて、牛頭ごづ馬頭めづ阿放羅刹あはうらせつども十余人前後に従へ、火の車を引いて左馬のかみ殿のをはする陣中ぢんちゆうへ入ると思へて、胸打ち騒ぎて夢覚めぬ。禅門つとに起きて、「斯かる不思議の夢をこそ見て候へ」と、語り給ひける言葉のいまだ果てざるに、にはかに雷火らいくわ落ち懸かり、入間河いるまがはの在家三百余宇、堂舎だうしや仏閣数十箇所すじつかしよ、一時に灰燼くわいじんとなりにけり。これのみならず義興討たれし矢口の渡りに、夜な夜な光物出で来て往来わうらいの人を悩ましける間、近隣の野人村老やじんそんらう集まつて、義興の亡霊ばうれいを一社の神に崇めつつ、新田大明神だいみやうじんとて、常盤堅盤ときはかきはの祭礼、今に絶えずとぞ承る。不思議なりし事どもなり。




有為無常([有為転変]=[世の中のすべてのものが絶えず変化して、しばらくの間も同じ状態にとどまることがないこと])の世の習い、明日をも知れぬ命の中に、わずかの欲に耽けり情けのないことに執着して振る舞えば、月を隔てず因果歴然([因果覿面]=[悪事の報いとしての悪い結果がすぐに目の前に現れること])はたちまちに身に添い、または未来永劫の業障となるものです。武家に生まれて箕裘([父祖の業])を継ぎ弓矢を取ることは、世俗の法であればどうすることもできないことです。決して人は思いもかけないようなことを好み振る舞うものではありません。またその明けの夜の夢に、畠山大夫入道殿(畠山国清くにきよ=道誓)が見たのは、黒雲の上に大鼓を打って鬨を作る声がしたので、何者が寄せ来たのかと怪しく思い、音のする方を遥かに見れば、新田左兵衛佐義興(新田義興。新田義貞の次男)が、丈二丈(約6m)ばかりの鬼になって、牛頭・馬頭・阿放羅刹([地獄の牢番])ども十余人を前後に従え、火の車を引いて左馬頭殿(足利基氏もとうぢ。足利尊氏の四男)の陣中に入ると思えて、胸は打ち騒いで夢から覚めました。禅門(畠山国清)はたちまち起きて、「このような不思議の夢を見ました」と、話す言葉もまだ終わらぬうちに、にわかに雷火が落ち懸かり、入間川(現埼玉県南部を流れる川)の在家三百余宇、堂舎仏閣数十箇所は、一時に灰燼となりました。これのみならず義興が討たれた矢口の渡り(現東京都大田区矢口)に、夜な夜な光物が現れて往来の人を悩ませたので、近隣の野人村老が集まって、義興の亡霊を一社の神に崇めつつ、新田大明神(現東京都大田区にある新田神社)とて、常盤堅盤の祭礼、今に絶えずと聞いております。それにしても不思議なことでした。


続く


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by santalab | 2016-02-13 09:19 | 太平記 | Comments(0)

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