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「太平記」新田義貞賜綸旨事(その3)

今や今やと相待あひまつところに、一日あつて令旨りやうじを捧げて来れり。開いてこれを見るに、令旨にはあらで、綸旨りんし文章ぶんしやうに書かれたり。そのことばにいはく、

被綸言称敷化理万国者明君徳也。撥乱鎮四海者武臣節也。頃年之際、高時法師一類、蔑如朝憲恣振逆威。積悪之至、天誅已顕焉。爰為休累年之宸襟、将起一挙之義兵。叡感尤深、抽賞何浅。早運関東くわんとう征罰策、可致天下静謐之功。者、綸旨如此。仍執達如件。
元弘三年二月十一日
左少将新田小太郎殿こたらうどの

綸旨りんし文章ぶんしやう、家の眉目びぼくに備へつべき綸言なれば、義貞不斜悦びて、その翌日あくるひより虚病きよびやうして、急ぎ本国へぞ被下ける。宗との軍をもしつべき勢どもはとにかくに事を寄せて国々へかへりぬ。




今か今かと待つところに、一日あって令旨([皇太子・三后=太皇太后・皇太后・皇后。の命令を伝えるために出した文書])を捧げて帰って来ました。義貞(新田義貞)がこれを開いて見れば、令旨ではなく、綸旨([天皇の命を受けて蔵人が発行する文書])の文章が書かれていました。その詞には、

万民に対する明君([賢明な君主])の徳をもってこの綸言を下す。四海([国内])を撥乱はつらん([乱れた世の中を治めること])することこそ武臣の節である。しかしながら近頃では、高時法師(北条高時たかとき。鎌倉幕府第十四代執権)一類が、朝憲をないがしろにするばかりか逆威をほしいままに振るっておる。その積悪に、天誅が下らぬことがあろうか。ここに長く宸襟([天子の心])を休めるため、武将が一挙に義兵を上げようとしておると聞く。うれしいことである。抽賞が浅かろうはずはない。一刻も早く関東(鎌倉幕府)を征罰する策を企て、天下静謐の功を致すべし。承った、綸旨は以上の通り。よって件の通り執達([上位の者の意向・命令などを下位の者に伝えること])する。
元弘三年(1333)二月十一日
左少将新田小太郎殿

綸旨の文章は、家の眉目([名誉])となる綸言でしたので、義貞はたいそうよろこんで、その翌日より病いと偽って、急ぎ本国に下りました。主だった軍に役に立つ勢どももなにかと理由をつけて国々に帰りました。


続く


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by santalab | 2016-02-16 07:58 | 太平記 | Comments(0)

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