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「太平記」高時並一門以下於東勝寺自害の事(その2)

長崎入道円喜ゑんきは、これまでもなほ相摸入道にふだうの御事をいかがと思ひたる気色にて、腹をも未だ切らざりけるが、長崎新右衛門今年十五に成りけるが、祖父おほぢの前に畏つて、「父祖の名をあらはすを以つて、子孫の孝行とする事にて候ふなれば、仏神三宝も定めて御免しこそ候はんずらん」とて、年老い残つたる祖父の円喜がひぢのかかりを二刀ふたかたな差して、その刀にて己が腹を掻き切つて、祖父を取つて引き伏せて、そのうへに重なつてぞ臥したりける。この小冠者こくわじやに義を進められて、相摸入道も腹切り給へば、じやうの入道続いて腹をぞ切つたりける。これを見て、堂上だうじやうに座を連ねたる一門・他家の人々、雪の如くなるはだへを、推し膚脱ぎ推し膚脱ぎ、腹を切る人もあり、みづから首を掻き落とす人もあり、思ひ思ひの最期のてい、殊に由々しくぞ見へたりし。




長崎入道円喜(長崎円喜)は、これまでもなお相摸入道(北条高時たかとき。鎌倉幕府第十四代執権)のことが心配で、腹をもまだ切っていませんでした、長崎新右衛門は今年十五になっていましたが、祖父の前に畏って、「父祖の名を世に示すことこそ、子孫の孝行と申しますれば、仏神三宝([仏・法・僧])もきっと赦されましょう」と言って、年老いた祖父の円喜の肱の外れを二刀刺すと、その刀で己の腹を掻き切って、祖父を掴んで引き伏せ、その上に重なつて臥しました。この小冠者に義を促されて、相摸入道も腹を切ったので、城入道(安達時顕ときあき)も続いて腹を切りました。これを見て、堂上に座を連ねた一門・他家の人々も、雪の如くなる膚を、押し肌脱いで、腹を切る人もあり、自ら首を掻き落とす人もあり、思い思いの最期の姿は、まこと立派に思われました。


続く


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by santalab | 2016-02-18 07:50 | 太平記 | Comments(0)

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