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「太平記」五大院右衛門宗繁賺相摸太郎事(その1)

義貞よしさだすでに鎌倉をしづめて、その遠近ゑんきんに振るひしかば、東八箇国の大名・高家かうけ、手をつかね膝を不屈と云ふ者なし。多日付き随ひて忠をたのむ人だにも如此。いはんやただ今まで平氏の恩顧に従ひて、敵陣にありつる者ども、生甲斐いきがひなき命を継がん為に、所縁しよえんしよく降人かうにんに成つて、肥馬ひばの前に塵を望み、高門かうもんの外に地を掃いても、己が咎を補はんと思へる心根なれば、今は浮世の望みを捨てて、僧法師ほふしに成りたる平氏の一族たちをも、寺々より引き出だして、法衣ほふえの上に血をそそき、二度ふたたびは人に契らじと、髪をろしかたちを替へんとする亡夫ばうふの後室どもをも、所々より捜し出だして、貞女ていぢよの心を令失。悲しいかな、義をもつばらにせんとして、忽ちに死せる人は、永く修羅のやつこと成つて、苦しみを多劫たごふあひだに受けん事を。痛はしいかな、恥を忍んで苟しくも生くる者は、立ち所に衰窮すゐきゆうの身と成つて、笑ひを万人の前に得たる事を。




義貞(新田義貞)はすでに鎌倉を滅ぼして、その威を遠近に振るったので、東八箇国の大名・高家([名家])は、手を着き膝を折らぬ者はいませんでした。多日付き随い忠義を頼まれた人でさえもこのような有様でした。言うまでもなく今まで平氏の恩顧に従い、敵陣であった者どもも、生きる甲斐なき命を継ぐために、所縁に属し降人となって、肥馬([肥馬軽裘]=[肥えた馬に乗り、軽い皮衣を着ること。昔、中国で富貴の人の装い])の前に塵を望んで拝し([貴人の車馬が走り去るのを見送って礼拝する。長上にへつらうことのたとえ])、高門の外で地を掃いても、おのれの咎を補おうと思う心根([本性])を持っていましたので、今は浮世の望みを捨てて、僧法師になった平氏の一族たちを、寺々より引き出して、法衣の上に血を濯ぎ、二度と人に契らじと、髪を下ろし姿をを替えようとする亡夫の後室どもを、所々より捜し出して、貞女の心を失わせしめました。悲しいことでした、義を第一として、たちまちにして死んだ人は、永く修羅の奴([奴僕])となって、苦しみを多劫の間受けることとなりました。痛わしいことでした、恥を忍んで苟しくも生き延びた者は、たちまち衰窮の身となって、万人に嘲られることとなりました。


続く


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by santalab | 2016-02-20 08:48 | 太平記 | Comments(0)

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