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「太平記」五大院右衛門宗繁賺相摸太郎事(その2)

中にも五大院ごだいゐん右衛門うゑもんじよう宗繁むねしげは、故相摸入道にふだう殿の重恩ぢゆうおんを与へたるさぶらひなる上、相摸入道の嫡子相摸太郎邦時くにときは、この五大院の右衛門が妹の腹に出で来たる子なれば、をひなり。主なり。いづれに付けても二心は非じと深く被憑けるにや、「この邦時をばなんぢあづけ置くぞ、如何なる方便てだてをも廻らし、これを隠し置き、時到りぬと見へば、取り立てて亡魂ばうこんの恨みを可謝」と相摸入道のたまひければ、宗繁、「仔細候はじ」と領掌りやうじやうして、鎌倉の合戦の最中に、降人かうにんにぞ成りたりける。




中でも五大院右衛門尉宗繁(五大院宗繁)は、故相摸入道殿(鎌倉幕府第十四代執権、北条高時たかとき)から重恩を与えられた侍であった上、相摸入道の嫡子相摸太郎邦時(北条邦時)は、この五大院右衛門の妹(常葉前)腹の子でしたので、北条邦時は甥でした。また主人でした。いずれにしても二心はないと深く頼まれて、「この邦時をお主に預け置く、いかなる方便([ある目的を達するための便宜上の手段])をも廻らして、邦時を隠し置き、時が至ると思えば、引き立てて我が亡魂の恨みを晴らしてくれ」と相摸入道(北条高時)が申したので、宗繁は、「承知いたしました」と申して、鎌倉の合戦の最中に、降人となりました。


続く


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by santalab | 2016-02-21 08:50 | 太平記 | Comments(0)

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